■日米の違いと日本の今後
市場における不動産評価の意義と役割

磯部 裕幸
株式会社ヒロ・アンド・アソシエイツ代表取締役 



 外資と組んでバルクセールに携わるまで「不動産鑑定という仕事には魅力を感じなかった」という磯部氏。不動産投資の意思決定を左右する局面に立ったとき、初めて評価の意義と緊張感を味わったという。米国不動産カウンセラーでもある磯部氏に、不動産評価の今と明日を語っていただいた。氏の主催する不動産サイトwww.rtj.comと同reas.net.co.jpは必見。前者は日本全国の不動産会社のHP約8,000とリンクしている。


■不動産概念の日米比較
 米国と日本では不動産に対する概念がまったく違う。日本で「不動産」という言葉が使われはじめたのは明治以降で、それまでは「地所」といわれていた。不動産とは文字通り「動かない資産」という意味で、私は誤訳ではないかと思っている。英語圏でいう「Real Estate」には大切なものという意味が含まれている。
 また、日本では「不動産=土地」という意識が強いが、米国の定義は「一定の時間軸で特定の便益を供することができるもの」である。所有権も「Fee Simple」といわれ、大胆に訳するならば「地代を払えば誰もが無条件に利用できる権利」である。対価についても、米国では「Consideration」という。私自身の期待を込めて、私はこの言葉を「対価とは知恵と労力によって発生するもの」と捉えている。

■土地神話崩壊の正の遺産
 バブル崩壊で、不動産の資産価値が自動的に上昇する時代は終わったことを、私は土地神話崩壊の正の遺産だったと思っている。やっと事業者の努力や知恵による違いが表面化するようになったからだ。これからは事業者の知恵のあるなしによって価格の二極分化が進むだろう。勝ちマーケットと勝ち物件、負けマーケットと負け物件ができるのは、先進国では当然のことである。日本もやっと先進国型価格変動時代に入ったということだ。
 事業者は自らのたゆまぬ努力で、価格上昇局面では価値を最大化し、価格下落局面では下げ幅を最小化していかなければならない。これは事業者の腕の見せ所である。

■金融ビッグバンの影響
 日本に眠る1,300兆円の個人資産の一部が海外に流出している。
 私は2年前、「やり方によっては、これらの2〜3割を不動産市場に呼び込めるはずだ」と、あるところで発言した。実現には個人が比較的安定した不動産投資ができる仕組みをつくることが必要である。そうした仕組みによって不動産市場に資金を還流させることが、日本経済にとっても重要な課題である。
 ただ、投資文化が変容し、多彩な資産選択時代を迎えるかといえば、まだまだ不透明な部分が多い。預貯金の金利が史上最低水準のまま推移しているため、一般人が有利な投資先を求めて右往左往している。しかし、皆が金の亡者になるような状況が生まれることは寂しい感じもする。不動産投資の選択肢が広がっても、金だけではないインセンティブがないと問題が噴出するのではないか。金の論理のみに依存すれば、その中には疲弊した街をつくり出す危険性が潜んでいる。
 日本の不動産市場は海外投資家によって下支えされ、活性化した。同時に彼らは日本にキャッシュフローという金の軸ですべてを切っていく方法を持ち込み、定着しつつあるが、金の軸だけで切っていってよいのかという問題も残されている。

■不動産投資の世界標準
 不動産投資をするときのグローバルスタンダードの条件は、「高利回り、安全性、安定性、公開性、換金性」である。
 利回りについて欧米の投資家は一定の基準を持っており、それは国際的にも平準化されつつある。バブルの頃のような低利回りは通用しない。バブル崩壊で日本の不動産の利回りがこの水準に近づいたため、海外からの投資が始まったのである。ただ、現在、ネットバブルで都心の一定地域の利回りは彼らが考える水準を下回っている。
 安全性とはカントリーリスクや法制度などである。たとえば、レンダーは買い付け債権を購入した場合、資金回収できるかどうかを精査する。安定性とはキャッシュフローの安定性である。確実に安定的に収益を生みつづける物件であるかどうかを精査する。
 公開性とは不動産取引情報がディスクローズ(公開)されていることを指す。米国では「www.comps.com」というサイトがあり、投資物件用の取引事例を有料で提供している。米国では市場の公平性は情報のディスクローズと密接にリンクしていると考えられているが、日本では残念ながら取引情報はほとんどディスクローズされていない。
 換金性も投資家にとって重要な要素である。欧米の投資家は一定期間運用した後、なるべく高い価格で売却して投資利回りを上げることを期待している。だから、100億円以上の物件を売り抜けられる流通市場が整備されていることが不可欠と考える。日本の現状を見ると、外資系投資家が再販しているのは外資に対してであり、投資マーケットは租界状態である。

■証券化、小口化の意味
 投資というスキームの一部に携わっている者として、不動産証券化や小口化は原則的にはよいことだと思っている。
 個人にとっても、資産をどう持つかという選択肢を広げることになる。不動産が富の原形とすれば、証券化や不動産投資信託の登場で、誰もが不動産を資産に組み入れることが可能になる。より多くの人々がこうした形で不動産を所有すれば、物件のパフォーマンスをより多くの人々がモニタリングするようになり、正の循環に近づく可能性がある。
 また、証券化されることによって不動産の特殊性は薄められ、世の中のメジャーな仕組みである金融とシームレスに結びつくだろう。
 なぜ、不動産が特殊な財として鑑定評価が必要になったかといえば、不動産には次の5つの要素があるからだ。第一は情報の偏在、第二は不完全市場、第三は価格の高さ、第四は不動産が単なる商品ではなく、個人(所有者)にとっては資産(アセット)であり、国民にとっては資源(リソース)であるからだ。そして最後は長期性である。つまり、サイクルの長いものなのでリスクが読みにくいということだ。特に価格の高さと長期性が大きな要素といえる。

■市場における「何故」の方程式
 海外の投資家は常に「何故」を追求することで「解」を求めていく。不動産鑑定士は彼らの連発する「何故」に対して答えていくことが義務である。
 現在、不動産を評価するうえで収益還元方式が重要だといわれているが、収益還元方式が成立する前提として、収益還元価格で動く市場があることが重要である。日本ではこうした成熟した投資市場がなかった。日比谷の大和生命の本社ビルが売却されて、そのキャップレートが出たことによって、日本の投資市場がスタートしたように思う。これによって、少なくとも東京のプレミアムエリアのトロフィービルのキャップレートが定まり、その後の取引の参考となったからだ。
 収益還元方式が成立する前提の第2点として、投資市場の情報が公開されているかどうかが挙げられる。あるビルがキャップレート何%で取引されたという生情報である。日本ではまだまだディスクローズされていないが、(財)日本不動産研究所の機関投資家に対するアンケート調査によって、機関投資家が投資してもよいと考えるキャップレートが明らかになった。生情報やこうした情報が公開されていけば、それらの数値を比較分析することで、評価も精緻なものになっていくだろう。
 米国では情報が公開されているため、鑑定評価はそれほど高次な取り扱いをされていない。正しい情報とアプローチ方法さえわかれば誰でもできるものと捉えられている。  なお、DCF法についてはさまざまな意見がある。米国ではDCF法は下火である。なぜなら想定する売却価格によって、いかようにでもなってしまうからだ。米国でも、現在の市場で取引されたキャップレートを比較分析して、NOI(ネット・オペレーティング・インカム)を市場のキャップレートで割り戻す方法が主流である。言い換えれば「形を変えた批准法」とも捉えることができる。
 ただ、DCF法にも優れた点がある。それは、保有期間のビル運営にかかわる収入と経費を丹念に予測していくことだ。いわば、生きたビル経営を捉えていこうという姿勢に意味があるのではないか。いずれにせよ完璧なアプローチはない。さまざまな方法を組み合わせて「解」に近づける努力が必要だ。

■評価の位置づけとニーズ
 不動産評価が必要とされるのは、主に不動産を売却するとき、購入するときだったが、不動産投資信託(日本版リート)の登場で、保有期間においても保有期間の不動産のパフォーマンスを定期的にモニタリングするニーズが増えるものと思われる。
 また、会計システムの変更による時価評価の必要性も高まるだろう。

  ■不動産評価の今後
 さて、これからの不動産評価はどのような方向に向かうだろうか。
 米国ではインターネットのホームページを格付けする機関がある。このサイト、ゴメズドットコム(www.gomez.com)では、不動産関係のホームページの格付けもしているので、一度アクセスしてみてほしい。高い格付けを得ているサイトとしては、ホームアドバイザー(homeadviser.com)とか、ホームストア(homestore.com)などがある。ゴメズが不動産サイトを格付けする際の重要な要素が、物件の自動価格査定機能の有無である。
 また、米国では自動担保査定を利用して無料で査定できるシステムも利用されている。これを利用すると、融資の掛け目はリスク分やや低くなるが、手数料がたいへん安く、手間もかからず効率的である。
 こうした不動産評価システムがインターネット上で無料で利用できれば、不動産鑑定の領域や役割は随分変わる。ただ、米国で自動査定システムが機能するのは、非常に多くの取引情報がディスクローズされているからだ。日本では取引情報がディスクローズされていないため、こうしたシステムがすぐに機能するとは考えにくいが、将来的には米国のようになる可能性が高いことを認識しておくべきだろう。
 不動産の取引情報がどんどん開示され、日本でも自動評価(査定)システムが利用できるようになったとき、不動産鑑定士の存在価値はどうなるのだろうか。
 たぶん、公開されている情報をこまめに拾い上げ、それらを分析する能力が不可欠になるものと思う。どこにどんな情報があり、それぞれどれだけの精度があるのかといったことに精通する必要がある。また、情報が公開されればされるだけ、クライアントの要求水準も高くなるだろう。
 一方で、不動産評価に携わる人々の役割は、今後、全体の投資システムの中で意味のある価値を持つようになる。不動産投資の意思決定に重大な役割を果たすようになる代わり、その評価に対する責任も追及されるようになるだろう。



不動産評価コース

テーマ/「市場における不動産評価の意義と役割」
講師/磯部 裕幸(株式会社ヒロ・アンド・アソシエイツ代表取締役)
コース指導
室津 欣哉(森ビル株式会社不動産鑑定担当上席副参事)
小川 兵衛
    ((財)日本不動産研究所東東京支所コンサルタントグループ/不動産鑑定士)
日時/2000年8月7日
会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階)


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