■e-ライフ・ウエアラブルな生活
〜マルチタスクと複雑系の時代へ

石井 威望  東京大学名誉教授/アカデミーヒルズ研究センター所長



石井 威望
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 モバイルPC分野の最近の大きな話題はiモードだ。iモードの登場によって モバイル環境はノートPCから携帯電話へと大きく変わった。モバイル・イン ターネット端末としての携帯電話は、NTTドコモ以外のものも合わせると5月中 に1000万台になったといわれる。iモードの登場で、これからのモバイル・イ ンターネットはどこへ向かうのか。その先にあるものは何か。社会システムは どう変わるのか。東京大学の石井教授にお話しいただいた。


■iモードのもたらした変化
 iモードは、従来のデスクトップやノートパソコンとは質的には全く異なる端 末である。デスクトップやノートパソコンでできるような機能がすべてあるわ けではなく、どちらかといえば、リモコンのようなものだ。従来のパソコンと 特に違うのは、パケット通信で課金されていて、立ち上げる時間がかからない こと、また、そこから送るメールの内容にもパソコンのそれとは質的な違いが ある。
 慶應大学でモバイル研究を行っているグループも今年からiモードを導入し、 ネットワークをつくっている。慶應大学で徹底的にPC教育を受けてきた彼らで さえも、わずか半年の間で、メールに関してはほとんどがiモードでのやりと りになった。
 従来のパソコンのメールは長文のものが多かったのに対して、iモードのメー ルは非常に会話的で、日常の挨拶のようなものが多い。このような会話が頻繁 に行われるようになると、メールで相手の行動が、まるで大部屋にみんなで集 まっているかのごとく把握でき、人間的な関係、エモーショナルな一体感をつ くることができる。
 モバイルインターネット端末としての携帯電話は1000万台。もはや無視でき ない大きさである。iモード登場前には、日本のインターネットの人口普及率は 2003年に米国にやっと追いつくという程度の予測だったが、iモードの登場に よって状況は一変。いまや来年には米国を抜き、2003年には米国の1.5倍にな るのでは、と予測されるまでになっている。
 iモードの出現はインターネットの量的変化とともに、エモーショナルな質的 変化をもたらした。ハードウエアの進化を牽引しているのはコンテンツである。 iモードのコンテンツは、現在、公式非公式あわせて8000〜9000といわれ、そ の数は急速に増大している。来年には次世代携帯電話が登場する。NTTドコモは、 今後すべての機種にiモードを標準装備していく方向だともいう。
このような情勢の中、携帯電話端末は、今後ますます都市計画、建築、人の 行動など様々な部分に影響を与えていくことになるだろう。

■浸透する”動網”
 今年3月、九州・沖縄サミットの開催地・沖縄に全国の小学生を集めて、「マ ルチメディアキャンプ2000」
http://www.nihon.net/crn/mmc2k/)が開催され た。最新のモバイルやウエアラブルといったマルチメディア環境を体験し、生 活やコミュニケーションのツールとしてのマルチメディア機器に対する理解を 深める機会を提供する、というのがこの催しの狙いだ。参加した子供たちにはI モードが配られたが、彼らはわずか1時間程でiモードの使い方をマスターし てしまった。
 iモードを使う俳句同好会もある。山形県の山間部に暮らすお年寄りたちは、 これまでは冬場は深い雪に閉ざされ、句会を行うことができなかったが、iモー ドを使うことにより、遠隔で句会ができるようになったという。iモードには俳 句に便利な歳時記のコンテンツも公式有料サイトとしてあり、これを利用すれ ばどこでもすぐに季語などを調べることができる。旅先で一句読み、iモードで 送信すれば、全国の仲間からすぐに返句がiモードで返ってくるというわけで ある。
 iモードにネガティブだった高齢者も俳句のために、iモードを利用するようになった。パソコンはお年寄りには難しすぎるが、iモードなら使える。さらに 将来は、iモードに慣れた人が、徐々にモバイルPCにシフトしていくという状 況も出てくるだろう。
 子供から高齢者まで、いまやモバイル・インターネット(=動網)に対する 人間の属性は変化している。モバイルインターネットなしの「e-ライフ」はこ れからは考えられない。

■ウエアラブルは確実にくる
 iモードやモバイルPCが「ウエアラブル」という方向に向かっていくのは確 実になってきた。モバイルの世界で、携帯電話の流れと小型化していくパソコ ンの流れが融合する先にあるのはウエアラブルコンピューターであると確信し ている。
 今まで情報の世界では、フットワークを犠牲にして、ネットワークだけをや るという不自然な状況を強いられてきた。しかし、デスクトップPCを前に、部 屋にこもって発信する情報は本質的には新しい情報ではない。情報の発信は現 場でなければ意味がない。本質的な情報はアコーダンスのある外にある。この 意味で情報発信ツールを外に持って歩けることは重要である。
 今は同じ時間に2つ以上のことをパラレルに行うマルチタスクの時代で、こ れが21世紀の基本的な原理になる。モバイルPCは両足を解放し、iモードは片 手を自由にした。ウエアラブルは両手両足を解放するマルチタスクの権化のよ うなものだ。
 あるモノが真に世の中に普及するには、人がそれを本能的に受容できなけれ ばならない。昨年の「マルチメディアキャンプ」では子供たちにウエアラブル を体験させてみたが、彼らは極めて高いポテンシャルを持ち、ウエアラブル志 向も非常に強いことがわかった。何の先入観もない子供たちが示したこの結果 は、ウエアラブルに対する人の本能的な受容性を表わしているものといえよう。
 ウエアラブルへの変化の過程として、昨年夏にはノートブックが小型化して ウエアラブルになると考えていたが、最近は、途中の通過点としてiモードの ようなモバイルインターネットが必ずあると考えている。
 ウエアラブルが実現すると、従来の建物や設備もその機能が変わる。例えば 駅なら、切符を販売する機能は不要になり、そこにテーマパークやショッピン グモールなどの新たな機能が生まれ、新しいビジネスが展開されるかもしれな い。

■情報化社会は服を変える
 どんなモノでもファンクション(機能)だけで、ファッション性がないもの は売れない。それはウエアラブルコンピューターでも同じことである。
 かつて農業社会から工業社会に変化するとき、人々の服装は変革した。同様 に、情報化社会になる時にも服装が変わるはずである。将来のe-ライフを考え る時に欠けていることは「服が変わる」という視点だ。
 アジアは今、世界で一番繊維産業が元気な地域である。と同時に、電子工業 が躍進している地域でもある。アジアこそがウエアラブルで世界を牽引してい く可能性の最も高い地域なのである。
 ウエアラブルファッションへの取り組みとして、この5月、「ASIA Wearable Grand Prix 2000」が開催された。プロ、アマを問わず広く公募し、選ばれた作品42点が発表された。繊 維業界関係者はもちろんのこと、時代の流れに敏感なテレビや新聞などのマス コミ各社も取材に訪れ、その反響には大きな手応えを感じた。

■コンピューターとバイオ
 1990年代に入って一流大学の教育は変わった。MITでも1993年からバイオテ クノロジーが必修課目になっている。これからの時代はバイオテクノロジー抜 きのITは考えられない。
 バイオやゲノム、DNAという言葉が新聞に載らない日はないが、これらの研究 は最も高度なIT技術がなければ成り立たない。バイオ・ゲノムサイエンスでは、 徹底的なシュミレーションの中でスクリーニングをして絞り込みをした後に動 物実験を行う。ここではどれだけ良いシミュレーションソフトがあるかどうか、 すなわち、高度なITが必要なのである。
 バイオテクノロジーの分野では、今はIT技術者とバイオ研究者は別々の分業 制だが、将来はITの素養を持ち、バイオやDNAの知識を持つマルチメージャー が必要になる。
 コンピューターにしても、バイオの方向に向かっていくことは確実である。 熱的にもスピードでも、人間の能は最も優れたバイオコンピューターであると いえる。将来は、ES細胞で、オーダーメイドのウエアラブルあるいは身体の中 に埋め込む情報機能をつくることも可能になるかもしれない。

■複雑系で捉える時代
 今はフロンティアがどんどん拡がっている時代だ。大噴出する知識によって、 未知の存在が認知され、フロンティアが増大している。ITの発達で急速に知識 が増え、人々の知識が交流する時代なのだ。これほどワクワクする時代はない が、一方、不安定なゆらぎの時代でもあるともいえる。
 ゆらぎは偶然に起こるわけではない。カオスになるかならないかのところ、 すなわち、カオスのエッジでゆらぎは起こる。ゆらぎを捉えるのは複数系の科 学である。ゆらぎの状況下で複雑系の手法を用いずに何かをやろうとしても、 絶対にうまくいかない。複雑系の世界では予測ができないということが特徴で あり、予測ができない時にどう対処していくのかを考えるのが複雑系の理論な のである。
 世界で猛威を奮った「I LOVE YOU」ウイルスに対する反応で、日本と米国に は大きな差があった。米国の会計検査院はわずか2週間でその被害額を予測し、 上院に報告したが、日本にはそんな発想をする政治家もそんな予測ができる組 織もなく、対策のための費用の算出さえもできなかった。
 複雑系理論でいえば、現代はウイルスでも何でも、システムとして起こる時 代だ。シングルタスクの工業化社会のリジットなシステムで考えていては、対 抗もできないし、システムとして理解もできない。もっとダイナミックな視点 で考えれば、インターネットシステムはマルチタスクのキャパシティーを持っ ているというのが最大の資源で、良いことも悪いことも含めてインターネット ワールドがあることがわかる。将来のe-ライフは良いことずくめなのではなく、 より複雑になり、複雑系の社会になっていく。



第6回必修講義

テーマ/「e-ライフ・ウエアラブルな生活」
講師/石井 威望(東京大学名誉教授/アカデミーヒルズ研究センター所長)
日時/2000年6月1日
会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階)


石井 威望 講義目録
■第18期 アカデミーヒルズインタビュー
■第26期 '01.4.19
 教育の変革〜今求められる人材像〜
■第24期 '00.6.1
 e-ライフ・ウエアラブルな生活
■第23期 '99.10.18
 ウェアラブルの挑戦
■第22期 '99.4.23
 ウェアラブル万歳!
■第21期 '98.10.26
 ウェラブルPC出現とインパクト
■第20期 '98.4.20
 モバイル社会の躍動
■第18期 '97.4.21
 ネクストジェネレーション
インターネット

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