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■古代エジプトへの旅
ナイルの水を飲むものはナイルに帰る 吉村 作治 早稲田大学人間科学学部教授/工学博士 |
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「文明=都市と考える考え方は、今では主流ではないが、やはり都市を抜きにして文明は考えられない」と吉村氏はいう。エジプト人はなぜ城壁をつくらなかったのかを切り口に、3000年にわたって古代エジプト人の心と行動を支配し、広大な土地をまとめてきた絶対的な力を探る。
■文明発祥から国歌統一へ 文明と文化についての関係は文明が形になるもの、文化が形にならないものと考えると、人類にとって本格的な文明の始まりは新石器時代からと言えるだろう。本格的な新石器時代は最終氷河の終わった後なので、1万2,000年〜1万年程前が始まりと言えよう。人類の始まりが今から500万年前とすると、そのほとんどの期間、私たちは文明をもっていないことになる。 エジプトにいつ文明が興ったかというのは他の文明と同じように大変難しいことであるが、今から6,000年程前、先王朝時代に上・下エジプトという2つの地域の中心ができた時と言っていいだろう。石器を持つことは文明だと主張する人もいるが、ちょっと無理があると思う。 この頃エジプトでは他の文明と少し違う形で都市ができていく。どう違うかというと、エジプトは都市の周りに外壁や防御壁をつくらなかったのである。その理由としては、エジプトは他から異民族が侵入してくる度合いが少ないこと、周囲の農村との交流を大切にしたこと、そして交通路がナイル川に限られていたため、街を囲う必要がなかったことが挙げられる。各都市には中心に神殿を置いたが、それは都市の形成がその地域の守護神を中心に行われたからである。それに対して、西アジアやギリシャなどでは都市は他の民族からの攻撃を防ぐための都城を構えていた。 文明=都市とする考え方は今では主流ではなくなってきたが、やはり都市を抜きにして文明は考えられない。都市には文明の諸様相が含まれているからである。 ■国家の統一概念 都市国家を捉えるとき、一般的には城壁など境をつくって考えるが、エジプト人を表すには「ナイルの水を飲むものはナイルに帰る」という考え方が象徴的である。つまり、外国人でもエジプトに来ればエジプト人、という国家像をことばで表す珍しい例である。ユダヤ人もまた、ユダヤ教を信じる人という概念でネイションを考えた。 ギリシャ人は論理的で倫理観が強い。自然の法則や摂理を解き明かす科学・論理性から、非論理的なものを神として、神をつくった。これに対して古代エジプト人は、死を境にあの世とこの世とを捉え、半モラルを罪と捉えた。死んだらあの世に行くが、モラルの審判を受け、再死は地獄行き。「再死」という概念は、死んだ後、来世にいく鍵をもらって永遠不滅の世界へ行くという教えから来るものである。 エジプトは、国土の100万平方キロのうち約4万平方キロが平面の緑地分だ。これだけの広大な土地をまとめるには、独裁を超える強力な指導力が必要だった。国王は来世をも支配する力を持つという考え方で、王=神だった。これはいつの時代も絶えず強力な権力者が取り入れる考え方だが、通常は一代限りなのに対し、エジプトで3,000年続いた。それは、王に楯突くと地獄に堕ちる、絶対的な力「マート」という教えが風土として浸透していたからである。だからエジプトに都市国家は生まれなかった。 マートを保守していた古代エジプト人は、略奪の力には弱く、植民地主義的なローマに屈した。その後、7世紀にアラブが制覇したことからイスラム教が国教になった。しかし、古代エジプトとアラブの違いは、国家運営のコンセプトの違いであって、それは国家の安泰のためのシステムにすぎないことを見落としてはならない。 今の都市は近世の考え方でいう都市であり、このようにもともとの都市はさらに複雑な背景を持つものであった。 第4回必修講義
テーマ/「古代エジプトへの旅」 |
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