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■東京からみた阪神大震災
都市計画は今、何をなすべきか 伊藤 滋 慶應義塾大学教授/アーク都市塾塾長 |
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約6500人もの犠牲者を出した阪神大震災から5年3カ月。この教訓を我々はこれからの都市づくりにどう生かすべきか。都市計画の第一人者であり、政府の復興委員会に参加した伊藤塾長は、この重い命題に対して外郭環状自動車道を切り口に、都市計画の役割を語った。「災害や犯罪やゴミ問題など、人々が目をそむけるようなところをきちんと考えていくのが都市計画である」と伊藤塾長は言う。 ■災害の犠牲者は低所得者 阪神大震災では約6500人もの犠牲者が出た。特に65歳以上の高齢者、しかも低所得者が犠牲になった。都市部に残る老朽化した木造密集地に被害が集中したからだ。老朽化した木造家屋が倒壊して多くの人々が圧死した。震災は金持ちを避け、貧乏な人々に襲いかかったのである。 阪神大震災の教訓を踏まえ、都市災害の犠牲者を少なくするために、今、我々は何をなすべきか。 ひとつには、建物の倒壊による死をどう防ぐかである。ちなみに阪神大震災が起こるまで、専門家の多くが警戒していたのは静岡県から東京都にかけての大がかりな地震であり、横揺れによって発生する火災をどう防ぐかだった。こうした予想の裏をかいて、阪神大震災では強烈な縦揺れによって一瞬のうちに老朽建物が倒壊し、多くの人々が圧死したのである。 ■安全な場所、危ない場所 この教訓から東京を見るとき、安全な場所と危ない場所が明確に浮かび上がる。安全なのは外堀通り内側、千代田区や港区北半分だ。しっかりした建物が多く、道路が広く、緑が多い。人口が少なく、水や緊急時の食料の備蓄も十分にある。「逃げるときは都心へ向かえ」が鉄則だ。都心居住政策は、こうした安全な場所に居住人口を増やすという意味からも望ましい。 反対にもっとも危険な場所は環状6号線と環状7号線の間である。古い木造一戸建てや、旧耐震基準のペンシルビルが多いからだ。高度成長を裏で支えてきた人々のささやかなマイホーム地帯だが、都市直下型の地震が来れば、阪神大震災の悲劇が再現される可能性が高い。こうした場所は、地下に防災施設を備えた集合住宅への建て替えを誘導すべきだろう。 それと同時に、災害発生時にこうしたもっとも危険な地帯から負傷者を救出し、緊急物資を搬入するルートを確保する必要がある。 ■重要な外郭環状自動車道 大震災が起こったとき、既存の道路網では機能しない可能性が高い。現在、外郭環状自動車道の整備が進められているが、これは都心への通過交通を受け止め、都心の渋滞を緩和するといった効果のほかに、大震災発生時に負傷者の救出、緊急物資の輸送、瓦礫の搬出ルートとして重要な役割を果たすものとなる。 外郭環状道路は、地方と東京を結ぶ広域高速道路網と直結し、朝霞の自衛隊駐屯地とも近い。また、荒川に港をつくれば、水上から医薬品や水、瓦礫などを搬出、搬入できる。阪神大震災では放置された自動車で道路がマヒしたが、外郭環状道路を使って朝霞駐屯地から強力な性能を備えたブルドーザーなどの機材を被災地に運び、環状7号線、環状8号線といった既存ルートを再度利用できるようにすることもできるだろう。 ■50年先を考えた都市 都市計画はこのように人が目をそむける災害や犯罪、ゴミ問題といった恰好の悪い部分を正視し、将来を見据えた都市づくりを考えていかなければならない。 阪神大震災は、こうした発想を土台にして、戦後55年間に日本がつくってきた貧しく危険な首都・東京を、今後50年間で安全な都市へと徹底的につくり直さなければならないという教訓を我々に突きつけている。 第1回必修講義
テーマ/「東京が見た阪神大震災」 |
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