ファッションは人間研究
「心を持った立体」をどう捉え、切り込むか

小池 千枝  文化服装学院名誉学院長


小池 千枝
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小池先生は、独特な教授法で高田賢三など多くの世界的なクリエイターを育てた。言い旧された言葉だが、「ファッション界のゴッドマザー」といえばこの人をおいていない。その小池先生による「ファッションクリエイターズスクール」が今期、アーク都市塾に開校する。「ファッションとは人間研究」と言い、社会や経済の問題の本質にズバリと切り込む凛とした姿に接し、立体的な思考と自分の視座を持つことの大切さを教わった。


----- 先日の小池先生の講義をビデオで拝見して、ファッションの世界と社会、あるいは都市や建築との関連の深さ、共通項の多さに驚きました。

小池 ---- ファッションの本質は人間研究。だから人間の営みに関わるすべてのことと共通項があるの。建築も都市も、広く捉えれば社会の問題すべてが結局は人間という「心を持った立体」をどう捉えるか、どう切り込むかということに繋がっていきます。本質は変わらない。
社会現象もそうよ。私たちファッションの世界の人間は、バブル経済にとても危ういものを感じていたの。ファッションの世界で、ブームが大きければ大きいほどその後の落ち込みが激しいことを何度も経験してきましたからね。マーケティングや商品開発の分野もファッションを勉強するとわかることがあるのよ。
たとえば、日本の自動車メーカーの上層部はエンジンに頼りすぎて、デザインの時代に入っていることに気がつくのが遅れたの。人々が車に感性や喜びやスタイルを求めていたのに、機能にばかり目が向いていた。人々は機能を求め、次にデザインやサービスを求める。その流れはファッションも車も同じなの。世の中の動きを立体的に捉える発想があればもっと早く気づいたはずよ。
日本人は平面的に物事を捉えることは上手だけど、立体的な思考に欠けているの。物事を上から見る、下から見る、横からも裏からも見る。そして、その奥にある人間の心を読み取らなければいいものはできません。

----- 20世紀は科学技術は発達したけれども、人間性が置き去りになっていたような気がします。

小池 ---- 人間を研究するってことは骨や筋肉や皮膚の動きを知り、営みを知り、心や感性を知ることよ。もう1つ大切なのは時間的な経過の中で物事を捉えること。
ハーバード大学の先生が書いた『人間の図説』という本はすごいわよ。4万6000人もの人間の体形の経年変化を調査してまとめたものなの。これにはまいったわね。これだけの協力者を集められるハーバード大学の力と、こうした研究に協力する米国社会の底力を思い知らされたわ。日本の大学では残念だけどこうはいかない、この差は歴然としているわね。
こうした人間研究が進めば、ひとりひとりの体質や気性に合った服まで考えられるでしょ。たとえば痩せぎすで神経質で、ほとんど体形の変わらないタイプの人がいる。こうした人には流行にあまり左右されない服をつくって差し上げる。一方で水を飲んでも太ってしまう肥満体質の人もいる。こういう方には食生活のアドバイスもしながら、適度な緊張感があってスマートに見える服をつくって差し上げる。経年変化まで含めた人間研究が進めば、気質や体形の変化まで織り込んだ服を提案できるわけです。
日本人は長期的に物事を捉える力が弱いから、社会のさまざまなところにその弊害が出ているの。

----- 戦後の日本の建築や都市を見ても、行き当たりばったりでつくられてきた感が強いですね。

小池 ---- そうでしょ。狭い国土の日本で新幹線と高速道路を別々につくって排気ガスや騒音をまき散らしているなんてね。日本の高速道路は今やトラック街道、殺人道路ですよ。先日も自家用車とトラックが正面衝突して一家5人が亡くなるといった痛ましい事故があったけれど、米国のように6車線、8車線の広い道路なら、追突や正面衝突なんて事故は滅多に起こらない。
日本は狭い国だから、鉄道を上手に使ってその下を高速道路にするというように立体的に土地を使う工夫をすればいいのに、それぞれの関連性を考えないからこんな無残な状況になるのです。
しかも、今、汐留貨物ヤードを潰してビルを建てる計画が進んでいるでしょ。地球環境のことを考えれば、要所要所まで鉄道で運んでそこから分配したほうがずっと環境にはいいのにね。将来、誤りに気づいて鉄道による輸送システムを復活させようと思ってももう手遅れ。将来の都市交通システムの種地を使ってしまったからね。都市計画は50年、100年先まで考えなくちゃ。

----- 思考方法に男女差はありますか。

小池 ---- 個人差もあるけれど、男性のほうが概して立体的にものを考えられる人が少ない。男性は小さいときから「家事なんかしなくていいから、勉強していい学校に行きなさい」と言われて育ったでしょ。女性と違って衣食住といった生活の内側を知らないから、考え方が平面的になりやすい。特に偏差値教育を勝ち抜いてきた高級官僚のようなエリートに平面的な思考をする人が多いわね。家事や遊びやファッションなんて瑣末なことと思っているから、多面的にものを見ることができないの。正面ばかり見て、経済効率だけで物事を判断しているから人の心や物事の本質がわからない。

----- ということは、今の日本を動かしている人に平面思考が多いということになる。これは困った問題。

小池 ---- そう、とても困るの。国や政治の役割は民衆が楽しく安心して暮らせる社会をつくることでしょう。生活の原点である衣食住がわからない人に、どうしていい社会をつくるための政策が立案できるでしょう。
日本の歴史教育も悪いの。古代から現代へ一方的に教えても思考力や想像力が身につかない。現代から古代へ、また、古代から現代へ両方から攻めればいいの。現代の事象を見ながら歴史を立体的に勉強すれば、歴史を学ぶことで現代の問題を自分たちで解決する能力が身につくはずですよ。この国をよくするには、原点から教育を考え直さなければ……。私は今の教育は本当に大切なことを教えていないと思うの。

----- おっしゃるとおりです、大いなる損失です。

小池 ---- ハイテク技術や外国の学問にばかり目が向いているけれど、その前に自分たちの歴史や文化をもう一度きちんと見直すべきなのよ。新しいことばかりを追い求めているけれど、古いことにも真理があるの。
だいたい100年前の日本のほうが見識のある社会でしたよ。うちは米穀商だったけれど、父がよく「銀行は金を借りるところじゃない、預けるところだ」って言っていた。米は現金で仕入れていたの。生産者も喜ぶし、事業リスクも少ない。これって経済の基本よ。お金を借りて事業をするから危ないことになるの。もっとも今の銀行、低金利で本来の役割を果たしていないけれどね。それに昔は実体経済と金融が一致していたけれど、今は実体経済と金融がどんどん乖離している。正常ではありませんよ。
エネルギーも昔は自然の力を上手に使っていた。うちも水車で精米していたの。水力を利用した精米工場や製粉工場が並んでいました。これなら何も汚さない。私にはそうした原体験があるから、機会あるごとに、「水や太陽や風といった自然エネルギーをもっと利用するべきだ」と言うのだけど、学者の方たちは「効率が悪い」とおっしゃる。でも、原子力発電で発生する放射能廃棄物の処理コストまで考えると、本当に原子力発電のほうが経済効率が高いかどうか疑問でしょ。しかも、自然に戻らない危険な物質を、永久に地球上に残すという大きなリスクを抱えているわけですよ。

----- 東海村の原発事故で、放射能の怖さを改めて感じました。

小池 ----- 私の教え子に広島で被爆した女性がいたの。「先生、私は被爆して結婚できないから、先生について技術を身につけたい」って言ってきてね、一流のデザイナーになりました。でも、そのときに背中に放射能を浴びた友だちは次々に亡くなってしまったそうなの。こうした話を学生にするとシーンとなるの。原爆が投下されたことは知っていても、放射能の本当の恐ろしさは知らない、日本は上っ面の教育しかしてこなかったから。
広島には原爆ドームが残されているけれど、あれでは原爆の恐ろしさは伝わらない。原爆の本当の怖さは建物を破壊する力じゃない、放射能なのよ。一発の原爆でどれだけ多くの命が失われたかを、数字じゃなくて心の底からわかるものを残さなければ駄目。
その点、沖縄は偉いわね。敵味方、軍人や民間人を問わず、沖縄戦の犠牲者全員の名前を彫った記念碑を並べた公園をつくったの。私も沖縄戦で戦死した主人に会いにいったのだけど、主人の名前がどこにあるか、コンピュータで探さなければならないくらい広かった。ここを訪れた人はその広さと戦争犠牲者の名前の多さに圧倒されます。戦争とはなんと酷いことか、ひしひしと伝わってくるの。それが歴史を伝えるということなのです。

----- 日本は被爆国として、この歴史を風化させてはいけないのですね。

小池 ----- ええ。カナダに行ったら、原爆の日に原爆反対のデモをしていました。日本では被爆した人やその家族が、亡くなった肉親をひっそりと悼む日になってしまっている。放射能の恐ろしさを知っている日本こそ、原子力の恐ろしさを世界に訴え続ける義務があるのです。
立体的に物事を捉えるということはね、未来のことも過去のことも、表も裏も見るということなの。日本人はまず自分たちの足元をしっかり見なくては……。英語を勉強する前に日本語を勉強しなさいと言いたいわね。マスコミの人でさえ正しい日本語が使えない人が増えているのですもの。

----- うーん、耳が痛いです。

小池 ---- 相田みつをの詩集が売れているでしょ。これはレタリングの魅力。コンピュータの活字ではあのロゴの魅力は出ない。線の強弱、それに間や余白。これは日本語独特のものよ。アルファベットと違ってパッと全体を捉えられる、一目で意味がわかる、というのが日本の文化。でもコンピュータの文字にはそれがない。コンピュータを使うなら、日本語独特の美と文化を内包したソフトを開発しなけりゃいけません。

----- 戦後、日本が文化の面で他国に後れを取っているのはなぜでしょう。

小池 ---- 戦後の日本はなんでも効率優先で、いいものを見抜く目を育ててこなかったからなの。フランスはよく文化の国って言われるけれど、フランス人のクリエイターは意外に少ない。でも、あの国にはいいものを見抜く目があるの。ピカソだってスペイン人だけどフランス人がその才能を見出した。高田賢三もフランスで認められて国際的なクリエイターになったのです。
日本は今、ハイテクの方向に進んでいるけれど、私は文化の国になってほしい。本当にいいものを見抜いて育てることのできる国になってほしい。マーケティングの本質だって、日本の昔の商いの原点と同じなのよ。何度も言うようだけど、そうした本質を見抜くには前ばかり向いてちゃ駄目。横も後ろも見なくてはね。

----- ファッションクリエイターズスクールから、本物を見抜く目を持った人がたくさん羽ばたくといいですね。

小池 ---- プロの人たちにもぜひ参加してほしいと思っているの。それだけ中身の濃い授業だから。そして、さまざまな角度から物を見て、たくさんの友人をつくってほしい。最近、メールのやり取りはできても、隣に座っている人と話ができない人が増えているのよ、寂しいわね。ファッションを学ぶことは人間を研究すること。この授業を通じて技術だけでなく、生活のこと、人と話すこと、友だちをつくることを学んでほしいわね。

----- 今日のお話、特に男性の方に聞かせたい。

小池 ---- 本当ね。シェークスピアが、人間は自分と違う人格をつくりたいという願望を衣装や化粧に託すのだというような意味合いのことを言ってますよ。服は人間の心を表すの。そうした感覚をわかる男性は少ないわ。今は立体的な感性が必要な時代なのにね。私が企業の社長だったら「面接には普段着でいらっしゃい」と言うわ。そこに人格や理想が表れるから。リクルートスーツを着てきたら絶対とらない(笑)。

----- 小池先生にお会いするというので、実は今朝、服を選ぶのに随分悩んだのです。リクルートスーツでなくてよかった(笑)。


小池 千枝 講義目録
■第23期 アカデミーヒルズインタビュー
■第24期 '00.7.27
 高田賢三の世界
■第23期 '00.1.27
 都市を包容するファッション
■第22期 '99.7.29
 手を動かす、脳を動かす
■第21期 '99.1.11
 Between the Centuries-21世紀への提言
■第20期 '98.7.27
 時代の先を読み取るファッション
 〜ファッションから21世紀への指針〜
■第19期 '98.2.2
 時代の先を読み取るファッション
 〜時代を映すファッションという社会現象〜