|
■痛みを恐れず、 金融正常化に舵を切れ 日本経済復活の経済政策と金融戦略 竹中 平蔵 慶應義塾大学総合政策学部教授 |
![]() 竹中 平蔵 講義一覧▼ |
|
|
|
経済戦略会議などを通じてこの国のシナリオを描き、さまざまな提言をしている竹中平蔵氏を招き、経済政策から見た金融戦略を語っていただいた。金融ビッグバンが進む一方で、ペイオフの先送りや、金融機関に対する政府の資本注入・信用保証など、目先の景気対策のために金融の正常化が遅れている。竹中氏は「デットハングオーバー(債務引きずり)をこれ以上長引かせることは、日本経済の回復をさらに遅らせるだけだ」と訴えた。
昨日、スイスのダボス会議(ワールドエコノミックフォーラム)から戻って来た。ここでのセッションで、日本経済の状況について私は次のように説明した。 ●海の国と山の国 日本には「海の国」と「山の国」があり、今は2つの国がせめぎ合っている状態だ。 「海の国」はグローバルマーケットに開かれた国で、IT革命が急速に進んでおり、孫正義氏を始めとするビジネスヒーローが続々と誕生している。海の国にはダイナミックに変わる日本経済の姿がある。 一方、日本にはグローバルマーケットから孤立した「山の国」もまた存在している。山の国の人々は規制に守られて当面食べていけるので、未来に対するビジョンを持たない。海の国の様子をうかがいながら、城壁を高めている。与党の大物政治家の中にも山の国から送られて来た人が多い。 ●金融業は山を下るか? このように1つの国の中に2つの国があってせめぎ合っているので、1999年の日本の経済はまるでジェットコースターのように乱高下した。今もどちらの国が勝つのか予断は許せない。我々の課題は山の国が海の国に自然に吸収されていく仕組みをつくることだ。 金融業は分野としては海の国に属するが、日本の金融業は今まで山の国にいた。しかし、彼らも山の国に居続けることはできないことを悟り、山を下りて海の国に行く決心をしたようだ。'99年の第一勧銀・富士・興銀の2002年統合のニュースや、さくら・住友の合併のニュースは、そうした決断の証と捉えることができる。 金融機関がやっと「清水の舞台から飛び降りる」決断をしたのに、政府は2001年4月に予定していたペイオフを先送りして、この動きに水をかけた。 ●リスクの最後の引き受け手 経済政策を考えるうえで、なぜ金融戦略が重要なのか。 それは金融業こそ、経済活動に伴うリスクの最後の引き受け手であるからだ。歴史的にみてもストラテジスト(戦略家)はことごとく金融部門出身である。第2次世界大戦後の国際連合やGATT体制やIMF体制をつくり上げた裏には、ウォールストリートを中心にした金融家たちがいた。 資本主義のダイナミズムを生み出すのは企業家の行うイノベーションだが、金融業はその企業活動をファイナンス面で支え、最後のリスクをとるという重要な役割を担っている。 ●脱・デットハングオーバー 日本の経済成長率が90年代に入って1%台まで下がったのはなぜか。「バブルが崩壊したから」というのは不完全な答えだ。 私は次のように思う。 たとえばバブル期に大きな不良債権を抱えたA社が、有望な都市開発プロジェクトを持っていたとする。これがいかに有望なものであっても、日本では銀行はプロジェクトではなく企業に融資(コーポレートファイナンス)するので、A社が不良債権を処理しないかぎり融資は実行されず、プロジェクトは進まない。 これの大がかりなものが日本全体で起こっているため、経済は低迷を続けている。企業は不良債権を処理しない限りダイナミックには動けない。金融機関も不良債権を償却しなければ動けない。しかし、不良債権の処理は痛みが伴うため、この問題を先送りにしてきた。この、デットハングオーバー(債務引きずり)の状況から脱出しない限り、どんなに公的資金を投入しても、減税をしても日本経済は回復しないだろう。 金融機関の不良債権処理を早めるためにも、ペイオフを予定どおり実行するという政府の断固とした姿勢が必要だった。しかし、今回もまた痛みを恐れて先送りしたことで、金融機関の正常化、ひいては日本経済の正常化も遅れることになるだろう。 ●リスク管理を忘れた金融機関 金融機関は本来「リスク管理業」である。期間変動リスクや金利リスクをコントロールしながら、家計から集めたお金を資金を必要とする企業などに提供する仲介機関だ。 しかし、今の銀行ははたしてリスク管理をしているのだろうか。ある銀行家が自嘲的に「銀行は金の宅配便になっている」と語ったが、まさにそうなっている。 ただ、歴史的に見て、金融機関が日本経済の発展に大きな役割を果たしてきた事実は否定できない。高度成長期に、銀行は家計から集めた預金を大量かつ安定的に企業に貸し出して、高い経済成長を支えてきた。 しかし、今、我々が金融機関に求めることは、我々の資産を効率的に運用してくれることだ。もし、日本の個人金融資産の総額1300兆円の運用利回りが1%上がれば、消費税総額11兆円を軽く超える。この1300兆円という額は、ドイツ、英国、フランス3国の金融資産総額を上回るのである。 ●間接金融から直接金融へ 日本では今まで間接金融が中心で、金融資産の56%が間接金融で運用されていた。ちなみに欧米では、預貯金などの間接金融の割合は金融資産の7〜15%にすぎない。 間接金融とは家計から金融機関が預金といった形でお金を集めて、企業や国・地方公共団体などに貸し出すものだ。一方、直接金融は、家計から株や社債、国債という形で企業や国などに直接資金が流れることを指す。 日本の金融資産の過半を占めていた銀行などの預貯金が超低金利になったため、日本人の多くが資産を有効に運用できない状態に置かれている。「日本人は保守的だから、どんなに有利な直接金融ルートができても、金は銀行に預けるだろう」という意見がある一方で、「競馬や宝くじを見ても日本人はギャンブル好き。ハイリスク・ハイリターンの金融商品にも飛びつくはずだ」という人もある。 どうなるかは率直にいって私にもわからない。しかし、1つだけ言えるのは、これまで資金を運用する選択肢が少なかった。極論すれば、ローリスク(現在はノーリスク)・ローリターンの銀行預金か、ハイリスク・ハイリターンの株か二者択一で、ミディアムリスク・ミディアムリターンの金融商品は極めて少なかった。 最近、投資信託が人気を集めているが、こうした需要にマッチしたためと思われる。今後も間接金融がなくなることはないが、直接金融の整備が重要な課題だ。もし、2%で35年間運用できれば元本は2倍になるのだ。1300兆円の金融資産を生かすためにも、直接金融を整備してミディアムリスク・ミディアムリターンの資産運用手段を増やすことが必要である。直接金融で集めた金を資本市場に流す過程では、さまざまなノンバンクが介在する必要がある。こうしたノンバンクの整備も不可欠だ。 もう1つ重要なことは投資家保護の仕組みをきちんとつくることである。金融の仕組みが複雑化するにつれ、投資家保護の仕組みの必要性は高まる。 ●銀行にも新しい遺伝子注入 批判の多い間接金融にも新しい流れが出ている。 たとえばイトーヨーカ堂が銀行(決済銀行)をつくると発表した。イトーヨーカ堂やセブン-イレブン、デニーズの来店者は1日1000万人前後という。これらのユーザーが決済のためにこの銀行に口座を持ったら短期間に莫大な資金が集まる。 金融業界にとって、こうした新しい遺伝子が注入される意義は大きい。歴史的に見ても産業に新しい遺伝子が注入され、新たな競争が引き起こされることによって、多くの技術革新が起こっている。日本の金融機関もこうした新たな流れの中でイノベーションを進めつつある。 ●銀行の貸し渋りは長引く 経済に大きな影響を与えたものに金融機関の貸し渋りがある。これは銀行が自己資本比率8%以上というBIS規制をクリアしようとして、起こった現象だ。 しかし、その裏にはトリックがある。日本では株式の含み益を資産に含めていたために、景気がいいと貸出額が急増し、不景気になると貸出額が急減する。つまり、金融機関自体が景気変動の増幅器のようになってしまったのである。 こうした中でも金融機関がBIS規制をクリアできるように、政府は金融機関に約20兆円の公的資金を資本注入した。銀行はこれによって救済され、経営も一応安定したが、資本主義とは相入れない異常な措置をいつまでも続けるわけにはいかない。 また、政府は金融機関の中小企業への貸し渋りを防止するため、'98年秋に中小企業への融資の信用保証枠を設けた。民間がとるべきリスクを政府が丸抱えしたわけである。 日本の金融はこうしたさまざまな政策によって表面的には安定しつつあるが、実は政府にリスクを付け替えただけである。リスクとなっている不良債権を処理して正常な形になったわけではない。本来ならば、金融機関がリスク管理するのが正常な姿であり、こうした正常な姿に戻すことが金融政策の今後の課題であろう。 ●日本の銀行は過剰貸し出し 日本の銀行の抜本的な問題にも触れておこう。日本の銀行は、世界の水準と比べて過剰貸し出しの状態にある。 '80年頃まで、日本の銀行の貸出総額はGDP比70%前後だった。これでも高すぎるのだが、1980年代以降、この比率は急激に高まり、'90年には107%に達し、バブル崩壊後も一向に下がらなかった。これは前述のように不良債権の処理などを先送りしてきたからである。'95年から下がり始めたが、現在でも100%。しかも貸出総額のGDP比が7ポイント下がっただけで貸し渋りの大合唱が上がった。かつてのように70%まで下がったらどんな騒ぎになることだろう。ちなみに米国の貸出総額のGDP比は35%前後である。 こうした状況をみても、金融機関の貸し渋りは簡単に解決できる問題ではなく、相当に長引くことを覚悟しなければならない。企業は直接金融からの資金調達を真剣に検討すべきだ。 いろいろ悲観的な話をしたが、日本経済は本来2%前後の潜在成長力を持っている。進む道さえ間違えなければ、まだまだ日本経済は強くなれる。 最近、私は1920年代と現在が酷似していることに気づいた。1920年代の日本は不況から脱出するために、海外から新しい技術を積極的に導入した。それによって新しいライフスタイルが生まれ、新しい産業が台頭した。今、日本でも「海の国」の人々がITなどを積極的に取り入れ、新しいライフスタイルや産業が生まれつつある。 1920年のときはこうした流れに金融改革が乗り遅れ、金融恐慌という不幸な事態を招いた。我々はこの歴史に学び、二度とその轍を踏んではならない。 第14回必修講義
テーマ/「経済政策と金融戦略」 |
| 竹中 平蔵 講義目録 |
|
■第25期 '01.1.10 3つのリスクと1つの可能性 |
| ■第24期 アカデミーヒルズインタビュー |
|
■第23期 '98.6.22 痛みを恐れず金融正常化に舵を切れ |
|
■第20期 '00.2.3 日本の金融ビッグバンを検証する |
|