|
■「第3の環境」創造の時代が来る
センサー技術が社会環境や自然環境を 変える原動力に 高橋潤二郎 慶應義塾常任理事 |
![]() 高橋 潤二郎 講義一覧▼ |
|
高橋潤二郎先生は、行き先を見失って途方にくれる日本人にこう語りかける。「未来を予測しようとするな。未来は我々がつくるもの。歴史観と現状把握をもとに、しなやかな価値観と豊かな想像力を加えて未来に対する仮説を立てよ。その仮説に多くの人が共鳴し、実現に向かって努力すれば、仮説は社会全体のビジョンとなり、未来を創り出す力を持つだろう」と……。 そこで、高橋先生の描く21世紀ビジョンを訊いた。 ---- 日本人は今、将来へのビジョンを失っています。私たちはどこに向かっているのか、何をすべきなのか、先生の21世紀ビジョンをうかがいたい。 高橋---- ビジョンは技術要因、制度要因、価値観によって構成されています。これらが正三角形のように互いに支え合い、バランスをとっている社会は安定している。しかし、どれかひとつが大きく変わると社会はバランスを失ってさまざまな問題が発生します。たとえばソ連は価値観の変化によって崩壊した。そして、日本の混乱は、急激に変化した技術に制度や価値観が追いつかないために起こっているといえるでしょう。 ---- それはIT技術ですか。 高橋---- そうです。IT技術の中でも、21世紀の最初の10年間はセンサーの技術革新がもっとも強いインパクトを社会に与えるだろうと私は考えている。 ちなみに、技術進化とは人間の身体機能の外部化なのですよ。他の動物が自分自身の身体を進化させて環境変化に対応してきたのに対して、人間は技術を使って身体機能に代わる道具や機械をつくり出すことによって進化してきた。 たとえば、19世紀には運動器官に代わってモーターが誕生し、20世紀は神経系に代わってコンピュータが考案された。そして、21世紀には感覚器官に代わるセンサー技術を人間は手にするでしょう。そして、運動器官と感覚器官と神経系を統合した第3のマシーンが生まれる。日本の製造業にとって第3のマシーンを設計し、つくることが大きなテーマとなるでしょう。 ---- 第3のマシーンとはロボットですか。 高橋---- そうした方向もある。しかし、もう一方で小型化、高性能化したセンサーをあらゆるものに組み込むことによって、地球規模の分散型モニタリングシステムをつくり、リアルタイムに膨大な情報を集め、分析してリアルタイムオペレーションをするという方向に進むでしょう。さらにインタラクティブなアダプティブプロセスをつくり上げていかなければならない。これらの統合によって建築も都市もまるで生命体のように動く「第3の環境」をつくり上げることが、21世紀の重要なテーマです。 そのためには制度や価値観をどう転換していくかが大きな課題となるでしょうね。 また、2020年頃には人体機能の中でまだ外部化されていない生殖機能、つまり遺伝子を含むバイオ技術の革新が起こり、2050年頃には最後に残された頭脳、つまりイメージの変換に関する技術革新が起こる。この段階でIT革命は終了する。これが今後半世紀の技術変化について私の描いているビジョンです。 ---- センサー技術が社会を変えるほどのパワーを持つのでしょうか。 高橋---- 自動車も建物も人間も鳥も木もすべてのものがセンサーとなって情報を送り出すならば、社会は大きく変わります。たとえば、自動車がセンサーになれば道路の混雑状況はリアルタイムにわかる。鳥や木々をバイオセンサーにして自然環境の膨大なデータを集め、分析すれば環境問題の研究は飛躍的に進むでしょう。建築に気象センサーを組み込めば、非常に精度の高い局地予報も可能になりますし、ヒートアイランド現象や乱気流といったことも解明できる。センサー技術をもとにして、今までとはまったく異なった第3の都市、第3の環境を創造する時代が来ています。 我々はまだモーター〜コンピュータの時代の都市に住んでいるけれど、これからはセンサーの時代に入った都市や自然を考えていかなければなりません。 地球環境全体を考えるならば、国勢調査も人間を対象にするだけでなく、熊や猿や白鳥、さらに樹木も対象にすべきです。それによってはじめて日本列島の生物的多様性(バイオダイバーシティ)の把握が可能となる。「過疎地帯」というけれど、他の生物からすれば逆でしょう? ---- 「生物過密地帯」かもしれませんね(笑)。 高橋---- そうそう、工業化は人間という種の異常繁殖をもたらした。工業化=都市化が終わり、2050年頃になると自然と調和した生活を考えることになります。すでにオランダでは国土を自然に戻す研究が始まっている。 ---- 自ら国土をつくってきた国で、国土を自然に戻す研究が先行していることは実に興味深いですね。 高橋---- 価値観が一転したわけです。自然を復元する時代にも、センサーは欠かせない技術となるでしょう。 ---- 膨大なデータを誰がどのように分析し、どのように役立てるか、人類の英知が問われそうです。 高橋---- そのために、我々は集めた情報データを分析し、さまざまな分野に役立てるための中枢機関、GSEC(グローバル・セキュリティ・リサーチ・センター)をつくる計画を進めています。2000年春に慶應義塾大学三田キャンパスに建物が完成する。グローバル社会の突発伝播型危機を予測し、回避し、対策を提案するための世界初の研究センターです。 ---- 突発伝播型危機とは? 高橋---- グローバル社会では、エボラ出血熱のように一地域の風土病が交通網の発達によって世界中に広がる恐れがある。しかし、人類はまだこの危機に対処する手段を持っていませんでした。 ---- アジアの経済危機も突発型の危機でした。こうした研究は米国が先行しているものとばかり思っていました。 高橋---- いわゆる複雑系の研究など、理論面ではそうですね。しかし、こうした装置型の社会研究教育では我々のほうが先をいっている。 ---- 日本人として無性にうれしい(笑)。 高橋---- 有効な手段もあります。今年10月に三菱商事が打ち上げた探査衛星は、地上700キロの上空から線路の枕木まで識別できるデジタル映像をリアルタイムで捉えられます。分散型モニタリングシステムはすでにビジョンでもドリームでもない、現実なのです。 ---- しかし、こうしたセンサー技術をどうビジネスモデルにするかという問題が残されているのでは……。 高橋---- ほらほら、あなたも過去の価値観にとらわれている。なにもビジネスでなくてもいいのですよ。 資源配分や生産物分配には3つのシステムがある。第1が市場交換。いわば市場経済です。第2が政府交換。たとえば税金を集めて公共投資をするといったもの。最後が「互恵」、拡大すればボランティアですね。ビジネスでなく、互恵のシステムでもいいわけでしょう。 ただ、前者2つは組織もシステムも教育機関もあるけれど「互恵」はまだこれからです。「互恵」をどう日本の社会システムの中に組み込むか、そのための組織や教育や税制をどうするかを考えていかなければなりません。 そのために価値観の転換が不可欠なのです。 ---- 過去の価値観にとらわれて未来を限定してはいけないということですね。 高橋---- そうです。センサー技術によって非常に広範囲の分野で研究が進み、社会を変えることができるのだというように発想を前向きに転換していかなくてはね。 ---- 分散型モニタリングシステムが地球を覆えば人類が過ちをおかさないだけの情報が集まりますか。 高橋---- いえ、正しく分析し、判断するための情報はそれでも足りないでしょう。ですから、足りない部分はしなやかな価値観と豊かな想像力を加えて政策を立案していく必要があります。 ---- 過去の例からみて、日本では制度の転換が一番遅れるのではないか、難しいのではないかと思います。 高橋---- これはまだまだ考えなくてはならない分野ですが、IT技術を使ってコンセンサスをとりやすくする方法はいろいろ考えられます。たとえばゲーム・シミュレーションを社会に応用するという方法もありますよ。 ---- それはどんな方法ですか? 高橋---- 私が米国の高校を訪ねたとき、面白い授業を見ました。体育館に生徒を集め、エスキモーの暮らしをゲームで再現しながら理解しようという試みです。 生徒は2つの部族とトナカイの群れに分かれ、トナカイを狩るゲームをしました。仮想的に定めた氷原と水面の間で、2つの部族が協力してトナカイの群れを水面に追い詰めていきました。子供たちはトナカイの群れが氷原に逃げないように作戦を立て、追い詰めたトナカイを自分たちが生きていくのに必要なだけ狩りました。 もし、群れが氷原に逃げ去ったらエスキモーは飢えてしまう。しかし、トナカイの群れをすべて殺してしまったら、彼らは来年、飢えてしまうでしょう。 このゲームを通じて、子供たちは過酷な自然の中で生きるために人間は協力する必要があることや異民族の暮らし、エコロジーの重要性について学んだのです。 ---- 実に面白い授業ですね。 高橋---- これと同じようなゲームを現実社会に応用するのです。たとえば道路計画がある。反対する住民や自治体、企業の人々を集めてロールプレイングゲームをする。それぞれが別な立場の人の役割を演じながら討論するのです。ゲームのいい点は、いろいろな役割を演じることで自分の考えを相対化できることと、リセットがきくことです。安全な状況の中でいろいろな社会実験ができる。コンセンサスを形成し、制度や社会を変えていくうえで有効な方法のひとつといえるでしょう。 ---- なるほど。たとえば既得権者と新規参入組や、再開発における住民やディベロッパーや自治体の調整など、いろいろなゲームが考えられますね。しかもネットワークを使えばたくさんの人がこのゲームに参加できる。 高橋---- 忘れてはならないことは、こうしたゲームに非常に慣れている世代が大人になりつつあることです。1975年以降に生まれたゲーム世代は、現実社会の歪みをみてきっとこういうでしょう、「どうして現実社会はゲームのようになっていないの?」と(笑)。 私はね、今、ものすごく大きな期待をもって待っているのですよ、彼らが大人になる日のことを・・・・・。 ---- ただ、「リアルスペースもリセットがきく」と思い込んで行動する人が増えたら大変(笑)。 高橋---- 大丈夫、大丈夫。サイバースペースとリアルスペースの間にハイブリッドスペースが生まれてきます。 たとえば、我々は新設の看護医療学部でハイブリッドスペースを応用することを考えています。テレビドラマのナースに憧れて入ってきた人が、突然、本物の糞便とか吐瀉物とか血液を浴びたらパニックになってしまうでしょう。それに耐えて、冷静に患者さんを愛せるタフな看護婦さんをつくるために、糞便とか吐瀉物などを人工的につくってトレーニングする。これを「看護医療用粧体」といいます。非常にリアルなのですが、本物ではない。 そのほかにも、いろいろな技術開発によってリアルスペースとサイバースペースの両方からセンサーが入り込み、ハイブリッドスペースが生まれていくでしょう。 ---- 人類がセンサー技術を使って世界をモニタリングして世界危機を回避する、すべての生物にとって住みやすい第3の環境を創造する時代がやがてくるという先生の21世紀ビジョンに共感します。 ゲーム世代の子供たちのことも困った連中だと思っていましたが、撤回します(笑)。 高橋---- そうです、大いに期待してください。皆が期待し、共感し、それに向かって努力することによって、仮説は未来を変える「ビジョン」になるのですからね。 |
| 高橋 潤二郎 講義目録 |
| ■第22期 アカデミーヒルズインタビュー |
|
■第20期 '98.5.22 メディア社会における「知」 〜スキルが変わる、価値が変わる〜 |
|
■第19期 '97.11.7 メディア時代における「知」 〜求められるスキルが変わる〜 |
|
■第18期 '97.7.11 メディア社会における「知」 〜時代の求める4つの能力〜 |
|
■第17期 '97.1.24 メディア社会に生きる |
|