■人を軸にしたビジネスは無限
「人材総合プロデュース業」を創造する

奥谷 禮子 株式会社ザ・アール代表取締役社長


18年前、人材派遣という言葉もない時代に、奥谷禮子氏が仲間と設立したザ・アールは1992年の「第2の創業」を経て、「人材総合プロデュース」という新市場を切り開いた。奥谷社長を招き、その経営哲学と事業戦略をうかがった。学生や塾生からの多彩な質問に対し、短い言葉で的確かつ率直に答える氏の態度を通じて、参加者は奥谷社長の自然体の経営を感じ取ったのではないだろうか。


●「会社ごっこ」からのスタート
会社を興そうと思ったきっかけは、JALのVIPルームで働いていた際に、世界を股にかけてビッグビジネスを展開している男性たちを見て羨ましく思ったことだった。そんな時、「自己実現には社長になるしかないよ」というアドバイスを受け、仲間と共に資本金300万円でザ・アールを設立した。設立当初は企業経営の知識もなく、「会社ごっこ」のような状態だった。   時代背景としては、国際化が進む一方で、企業の人員削減、合理化の嵐が吹き荒れており、「なぜ、日本には欧米のように景気変動と雇用をうまく調整する仕組みがないのだろう」と思っていた。また、「私のように何かやりたいと思っている女性はたくさんいるはずだ」とも感じていた。  ちょうど創刊した『とらばーゆ』に募集広告を掲載したところ、高いキャリアを持つ女性が100人くらいも集まったことから、「人に関わるビジネスは伸びる」と直感した。


●大企業での経験をバネに
86年、セゾングループからウイル設立にあたって社長就任要請があった。大企業の経営を学ぶ機会でもあると、申し出を受け、2つの企業の社長を兼任した。  この6年間は成果を上げ、自分自身の勉強にもなったが、一方で大企業の意思決定システムの複雑さや遅さを実感した。また、ハードを扱う仕事とソフトを扱う仕事ではやり方が違うにもかかわらず、ハード中心で大きくなった組織はソフトに対する理解力が低いといった点も痛感した。  92年、ウイルを辞してザ・アールの経営に専念。これが第2の創業である。  第1の創業期は、JALの元スチュワーデスというブランドイメージに助けられた部分もあったが、こうしたイメージで売れるのはせいぜい5年であり、その間にバックグラウンドに頼らない商品を開発しなければならないと思っていた。  ただ、人を軸としたビジネスには無限の可能性があるという確信は深まっていた。


●人材派遣からプロデュースへ
ザ・アールは、第一生命の法人営業の女性部隊「ファヌーブ」の立ち上げをプロデュース。その成功によって、人材派遣から人材総合プロディース業へという第2ステージへ踏み出した。  その後も、外食産業・かに道楽のパートタイマーやアルバイトの募集、採用、研修なども手掛けた。ビジネスの切り口を現場の人材に絞り込んだこと、プロデュースする組織(システム)に名前をつけたことも成功の一因となった。  人材総合プロデュース業とは、さまざまな企業の人的な問題や悩みを解決するために、リサーチをし、戦略をたて、人材募集から教育、評価、メンテナンスまでを一括して行う仕事である。  先ほどの発表で、「こうした一連の人的サポートシステムをパックとして企業に丸売りしては、ノウハウや人材の流出に繋がるのではないか」という意見があったが、ソフトはどんどん陳腐化する。常にバージョンアップしていかなければならない。  むしろでき上がったものを売却して次の仕事をしていくほうが常にクリエイティビティーを失わず、組織の活性化も図れる。  また、システムを丸売りしても、その企業にメンテナンスできる人材がいなかったためにクオリティ・コントロールが十分にできず、何年か後に当社にまた依頼がくることも少なくない。


●緩やかなネットワーク組織
当社は正社員41名、契約社員とアルバイト10名だが、外部に専属講師として約60名、リサーチャー約60名を抱えている。  専属講師はザ・アールで鍛え上げた女性たちだが、自由な働き方を望んだため専属契約を結んだ。これからはこうした専門能力を備えたフリーの人材が増える。企業の枠を超えた働き方を望む人々をどう活用していくかが重要なポイントである。  優秀な外部スタッフを確保するためには、第1に面白い仕事をたくさん与えること。第2にザ・アールと専属契約を結ぶことで報酬だけでないプラスアルファの魅力を提供することである。  こうした優秀な外部スタッフを確保していれば、企業内に人材を囲い込む必要はない。また、経験のない分野のプロデュースに対しても、ネットワークを通じて経験豊富な企業と組めばよい。


●脱ヒエラルキー
ザ・アールの社員は大半が女性である。女性に強くこだわったわけではないが、今まで女性でも問題なくやってきた実績がある。  私は基本的に社員の性別や学歴には関心がない。要はビジネスマンとしての能力があるかどうかで評価している。  当社は年功序列でもないし、経験年数も関係ない。給与水準は成果主義なので、個々の給与差は大きいし、給与の伸び率にもかなりの差がある。やればやっただけ報酬も大きくなるというシンプルなシステムである。  また、「奥谷色が強いのではないか、誰も逆らえないのではないか」という疑問があるようだが、実態はかなり違う。女性社員が大半を占めているためか、当社にはヒエラルキーに対する意識が薄い。私がどんなにやりたいと言っても、社員は納得して賛成しない限り、動いてくれない。時々、黙って言うことを聞く男性社員の多い会社が羨ましくなるほどである。


●女性の有利、不利
今まで女性の働く場は限られていたが、今後、その範囲は広がっていく。私は仕事を通じて女性の仕事の限界を広げていきたい。  ただ、女性側にも問題はある。一部の企業は女性が働きやすい制度を導入し、充実させているが、残念ながら制度に女性の意識が追いついていない面がある。  女子社員とかOLといった意識を捨てて、「自分もサラリーマンなのだ」という意識を持つべきだ。上司も女性だからという意識を捨て、人間として扱うべきである。褒めるところは褒め、叱るところは叱る。そうした基本的な部分が重要ではなかろうか。  ただ、女性には結婚、出産、育児、介護といったハードルがある。女性がほとんどの当社ではこうした問題に頻繁にぶつかるし、競争をしていく上で非常に不利な部分があることは否めない。しかし、これらの問題を乗り越えるプロセスが今後の当社のビジネスのノウハウにも繋がる。


●起業家の落とし穴
この仕事を始めて、多くのベンチャー企業のトップにお会いしたし、失敗も多く目にしている。  参考までに申し上げれば、利益追求を最大目的にしているトップは失敗するケースが多い。儲けて何を実現するのかというビジョンがなくては駄目である。男性の起業家に多いのは、いろいろな意味で無理をしすぎて失敗するパターンだ。  また、株式を上場して莫大な利益を得ると、豪邸を建てたり、美術品の蒐集に走ったりして初心を忘れてしまう人が多い。他山の石としてほしい。


●社会を変える楽しさ
経営は毎日が「未知との遭遇」であり、大変に面白い。また、ソフトを扱う仕事では常にクリエイティブでなければならず、世の中をそうした意識でみていくことも楽しい。  さらに、仕事を通じて社会を変革する喜びがある。私は法律も制度も絶対ではないと思っているし、変えることができると信じている。  公職に就く理由もそうした点にある。企業の一社長では意見を言う機会があまりないが、政府の委員などになると意見を言う場が提供されるし、最新の情報も集まる。また、世の中の優れた人々の知識、意見をうかがうことができ、たいへん勉強になる。


●人材ビジネスの今後
今後、人材派遣業は二極分化する。頭数を集める分野と、高度な専門職を派遣する分野に分かれていく。  前者は価格競争になる。一方、中途半端な人材派遣業は、企業のハウスエージェンシーの増加によって市場を失い、淘汰されていく可能性が高い。  当社は規模からいっても、価格競争に巻き込まれない道をとる。人材総合プロデュースの部分を伸ばすと共に、顧客のニーズを深く掘り下げることによってリピーターを確保し、新しい商品開発にもトライしていきたい。





経営情報スクール イノベーション企業戦略コース 一橋大学経営フォーラム

テーマ/「ザ・アールの企業戦略と経営理念」
講師/奥谷 禮子(株式会社ザ・アール代表取締役社長)
アドバイザー/米倉 誠一郎(一橋大学イノベーション研究センター長・教授)
日時/1999年3月4日
会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階)



academyhills.com