■新たな雇用創出を目指して
企業理念は社会問題の解決

南部 靖之 株式会社パソナ代表取締役社長


人材派遣業界で14%のシェアを持つトップ企業・パソナは「社会問題の解決」、「社会的影響力の重視」、「ベンチャー精神の維持」を経営理念に掲げて急成長したベンチャー企業である。パソナの創業者であり、パソナ社長である南部靖之氏を招き、Q&A方式での講義が行われた。活発な質疑応答を通じて、南部氏の決断力や行動力のベースになっている強い信念が明らかになった。


●どんなスキルが必要か
先ほどの発表で、当社の課題として「専門的なスキルをもった人材の拡大」と「社会保険未加入の問題」が挙がったので、まず、それらに対してお答えし、その後で皆さんの質問を受けたい。  「パソナの派遣スタッフの構成はファイリングなど専門性が低い分野に片寄っている」という指摘があったが、現実には専門職より一般事務スタッフを求める企業が圧倒的に多い。  また、派遣スタッフを募集すると9割以上が事務職経験者である。この点では、今のところ需要側と供給側のニーズは合致している。「専門性の高い人材の活用に重点を入れるべきではないか」という提案を否定するものではないが、通訳などの専門性の高い職種への需要は現状では少なく、伸びも鈍い。  さらに、一般業務の専門性はなくなる方向にある。たとえばパソコンの操作などはすでに専門的技術ではない。むしろ専門性が薄まる中で、どんな人材派遣制度をつくるかが今後の課題である。


●ニュービジネス市場に魅力
専門能力を必要とする市場で興味深いのはメディカル分野である。現在は法規制によって人材派遣ビジネスの範疇外となっているが、規制緩和が進み、医師、看護婦、介護などの人材派遣がオープンになれば、非常に大きなポテンシャルを秘めた市場になるだろう。  このほか、金融ビッグバンに伴う投資ビジネスや、デジタル・コンテンツなど法規制の網がかかっていないニュービジネス市場も魅力的だ。  ただ、いずれにせよ、日本の労働市場は非常に遅れており、規制緩和ではなく規制撤廃が必要だ。規制がなくなれば人材派遣業の競争も激化し、当社も競争に巻き込まれるが、日本の労働市場の流動化を進めるには、税制を含め大胆な制度改革が不可欠である。


●社会保険制度の問題
次に、社会保険未加入の問題だが、日本の社会保険制度自体が時代遅れであり、制度破綻している。現在の社会保険制度は労働市場の流動化の大きな障害となっており、早急に見直すべきだ。  また、人材派遣という短期の雇用形態には長期雇用を前提にした社会保険制度が馴染まない点も指摘しておきたい。  たとえば、2カ月程度の短期雇用ごとに煩雑な事務手続きを繰り返す無駄や、2カ月程度の社会保険加入期間では加入者に年金受け取りのメリットがないこと、特に女性に不利な制度になっていることなど、現行の社会保険制度には矛盾が山積している。  僕は以前から転職に向く米国の年金制度401Kの導入を提言してきたが、当時、行政はその存在や仕組みをほとんど理解していなかった。  こうした問題意識から今まで当社は「社会保険未加入」という形で抵抗してきたが、悪法も法であることや、社会保険制度加入が株式上場の要件であることなどから、現在は加入を進めている。しかし、これからも問題提起は続けていくつもりだ。


●雇用インフラ整備へ
パソナの経営理念は社会問題の解決である。現在、僕の最大の目標は日本の雇用インフラストラクチャーを整備し、雇用を創出することにある。当面、これに没頭するつもりだ。雇用のインフラ整備という観点から株式の上場も検討している。  また、当社はさまざまな先駆的な試みに挑戦し、新ビジネスのノウハウも積極的に公開してきた。女子大生や中高年を対象にした新しい派遣制度などがその一例である。  当然、同業他社は追従してくるが、「社会に役立つ事業はノウハウを公開し、同業他社も巻き込んで展開したほうが社会的メリットが大きい」というのが僕の考えである。  企業を大きくしたり、利益を上げること以上に、社会問題を解決することを重視したい。これからもこのポリシーは変わらない。


●日本は「人材開国」せよ
マクロにみると、現在のような閉ざされた労働市場では雇用は拡大しない。僕は、雇用創出、労働市場の流動化といった課題を解決するアイディアや構想が浮かぶたびに、さまざまな機会を捉えて「日本は早急に人材開国せよ」、「人材の格付け機関をつくれ」、「ブリッジバンクをつくれ」といった発言をしている。  今の日本はまさに瀬戸際にいる。放置すれば失業率は今以上に高まり、社会は混乱に陥るだろう。日本に残された時間はごくわずかしかない。  だから、僕は雇用創出に繋がる発想や事業アイディアなら構想段階でも公開してしまう。先行者利益より、社会全体にとって役立つ事業が少しでも早く広がってほしいからだ。  現実に401Kが導入されれば、人材派遣ビジネスへの新規参入が増え、競争が激化するだろうが、最大目的である雇用創造のためにはぜひとも実現しなければならないと考えている。


●トップを囲むオフィス
次に、当社のオフィスレイアウトに対する質問に答えよう。トップを中心に、放射線状にデスクを並べたレイアウトは僕の発案である。「トップはどこからでも見える位置にいるべきだ」という考えから、こうしたレイアウトを考えた。  この形は仕事を進める上で効率的に指示や決断を伝えることができ、気に入っている。  また、人事部は木のデスク、経理部は黒のデスク、企画部は赤やブルーのデスクというように業務内容に合わせてデスクの色、素材などを変えたり、ビルの最上部に社員が憩うスペースをとるなど、既存のスタイルにとらわれない形をとっている。


●これからのワークスタイル
「オフィスワークの専門性が失われてくると、相対的に社風や上司、仲間との協調性といった人間的な要素が重視されてくるのか」という質問が出たが、この問題は派遣スタッフに限らない。  全般的には、企業と従業員の関係が変化していくだろう。仕事の効率や成果が重視され、職場の人間関係によって人事評価が大きく左右するようなことは少なくなる。  ちなみに当社でも企業と社員の新しい関係を築く試みとして「マイカンパニー制度」を導入した。この制度は、社員がSOHOで仕事ができる仕組みをつくり、社員に仕事をアウトソーシングしていくというものだ。派遣スタッフに対しても、インターネットで仕事ができるような形態にシフトしている。  究極の形としては、パソナ本体は数人で、実務はSOHOで仕事をする数多くの個人や小規模な会社が受けるといった組織形態であってもいいと考えている。


●企業と社員の新たな関係
従来、会社(経営者)と社員は一種の主従関係にあったが、こうした関係は徐々に薄れていく。今後は、個々のライフスタイルに合わせてワークスタイルも多様化し、企業と社員の関係は自由で合理的なものになっていくだろう。  現実に、僕自身がライフスタイルやライフワークに合わせたワークスタイルをとっている。24時間を4分割して、インプットに6時間、アウトプットに6時間、僕個人の自由時間に6時間、睡眠に6時間を当てている。  ただ、こうした会社に縛られない自由なワークスタイルが普及すればするほど、別な形でトップと社員がダイレクトにコミュニケーションする機会を持つ必要性が高まるだろう。


●創業の資金調達方法
最後に創業資金の調達についてだが、塾をやって貯めた資金をもとに、友人が入れてくれた金と父からの借り入れで賄った。創業費用は360万円。人材派遣業は初期コストが少なく、資金調達の苦労はさしてなかった。資金面での参入障壁は少ないビジネスだが、安定して業績を伸ばすことは容易ではない。経営者は目先の利益にとらわれることなく、ビジョンを持ち、それを貫くことが大切である。  幼いころ父から教わった「人と比較しないこと」、人生の恩師である浄土宗の住職から学んだ「とらわれない、こだわらない、まどわされない」が僕の行動ポリシーとなっている。これがバブル期にも株や土地に手を出さず、現在の成功を築いた原動力である。


●世界のトップを狙う
キーカンパニーを所有することによって、まず、EYEBALLトラフィックで世界第1位になる。EYEBALLトラフィックとはテレビの視聴率に相当するものだ。そして群戦略でリスクヘッジとシナジー効果を高める。  我々が株式の20〜35%しか所有しないのは戦略的なものだ。我々がシナジーインベストメントカンパニーに移行したのは、進化スピードの速いインターネット産業において、51%以上を所有してコントロールすることは効率が悪いと判断したからである。今後、こうしたWeb型組織がもっとも強くなることを自ら証明していきたい。  今までソフトバンクの企業戦略についてお話ししてきたが、あくまでもこれらは方法論である。我々が成功したのは理念であり、ビジョンなのだ。  ベンチャーを目指すすべての人々に「すべては夢から始まる」と言いたい。そして、その夢が社会全体、人類全体を変えるようなものであれば、それは「志」になる。志こそ多くの人を動かすものだ。志を共有する仲間の繋がりは、ある意味で家族より強い。命を捧げてもいいと思えるような志を持つことができる人生は素晴らしい。  そういう人生、そういう企業、そういう仲間を選んでほしいと切に願う。  





経営情報スクール イノベーション企業戦略コース 一橋大学経営フォーラム

テーマ/「パソナの企業戦略と経営理念」
講師/南部 靖之(株式会社パソナ代表取締役社長)
アドバイザー/米倉 誠一郎(一橋大学イノベーション研究センター長・教授)
日時/1999年1月29日
会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階)



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