■宅急便は何を変えたか
運ぶ側の立場から消費者の立場へ

小倉 昌男 財団法人ヤマト福祉財団理事長 


7000億円の売上高、260億円の経常利益を出し、7万人を超える従業員を抱えるヤマト運輸。大正8(1919)年の創業で、トラックの長距離事業進出の遅れや経済状況の低迷から経営悪化に苦しんだ時期もあったが、1976年に、だれもがビジネスとして成り立つはずがないと思っていた分野に進出、規制の壁と戦って生活と切り放せない宅急便というビジネスを生みだした。経営者の小倉昌男氏に経営理念をうかがった。


●新しい業態の創出
宅急便はどうやって生まれたのか。かつては大量生産、大量流通という物流、言い換えれば商取引を支える輸送が主流だった。しかし、こうした商業貨物とは根本的に異なる、個人から個人への1個単位、偶発的、非定形の新しい業態を考えることから始まった。 宅配マーケットの競争相手は官で、民間は入れないし、入っても採算がとれないと考えられていた。しかし、どんなものにもメリットとデメリットが必ずある。 個々の荷物を見ると非定形でも、俯瞰すると大都市からある一定の荷物が人口に比例して流れている。NTTを例に考えると、電話保有者が増えると利用が増えてくる。だから、あらかじめ輸送のネットワークをつくっておけば、国土面積は一定なので荷物が増えればコストは下げられる。損益分岐点を超したら、あとは利益が出るだろうと考えた。


●ネットワークづくり
集荷、配達は人がやる仕事で、1人が受け持てる範囲に限度がある。荷物が増えれば人も増える。ただし、国土面積は一定である。荷物が100倍になれば、1人の受け持ち範囲は100分の1になる。受け持ち範囲が狭くなるのが損益分岐点のファクターになる。これに気付いたとき、これは面白いと思った。 ネットワークをつくれば、4〜5年で損益分岐点を超えるときが来ると考え、時間をかけてネットワークづくりを進めた。1976年にネットワーク整備を開始して、1987年には99%まででき上がり、1997年に父島、母島にも拠点をつくり、全国ネットワークは完成した。 1981年には5%の利益率が出た。そのころから宅配便の市場に35社が参入してきたが、彼らはネットワークから始めたことに気付いていない。競争は激しいが、国土を100%カバーしているのが我々の大きな財産であり、強い競争力になっている。


●「サービスが先、利益は後」
さて、よいサービスとは具体的に何か。 コストとサービスはトレードオフといわれるが、サービスもほどほど、コストも安くでは未来永劫Bクラスのままである。これをどうするかが経営戦略である。そこで、「サービスが先、利益は後」という優先順位を立てた。 ヤマト運輸はこの市場で40%のシェアを占めている。トップシェアの維持のためにはサービスをよりよくすることと考え、サービスダントツ計画を実行した。 サービス開始当初は翌日配達を掲げてきたが、チェックしていくとどうしても翌日配達できないものが12%あった。留守宅である。客にしてみれば、「なんで家にいるときに配達に来ないのだろう」ということになる。これを満足させるために、翌日配達から時間帯指定の在宅時配達へ切り替えた。大変だが、コストはかえって安く済む。 このようにサービスの定義を考え直したとき、その実現に情報システムが必要になった。個々の荷物のリアルタイム管理とサービスレベルのチェックのためである。


●全員経営のフラット組織
単能分業や命令監督ではなく、自発、自立的に動く全員経営を目指した。 コミュニケーションをよくし、すべての情報を与えれば、人はよく働く。戦略を決めるのはトップであり、ある程度の独断は必要だが、戦術は第一線のドライバーたちが決めることと考えている。戦術についてはどんどん意見を言ってほしいし、それが上に通じないとしたら、コミュニケーションセンターであるはずの管理職が上ばかり見ているせいだと思う。 自分は、労組や下からの情報は重視していた。いかに本音を言ってもらうか、人のパイプが大事である。たとえば、年中無休にしたのは、ドライバーの声を実現したものである。


●経営の論理
第2次産業は大規模集約型だが、第3次産業は小規模多店舗型で、多品種、少量、多頻度の物流が必要になる。これを支える物流システムが必要とされる。 このように、第2次産業と第3次産業では経営の論理が違うことがあまり理解されていない。 マーケットがある、というのが経営の仕組みの基本であり、大切なのは消費者は何を求めているかを知ることだ。たとえば、消費者は「わかりやすい簡素なコストで即配達」を求めていると考えた。何を売るかではなく、どう売るか。その答えは市場に聴くといい。 経営はすべて論理的に説明がつく。すばらしい経営者や起業家は実行する前に論理を組み立てられる。ただ、時には試行錯誤も必要である。 たとえばクール宅急便。まず配送車に蓄冷材を積んで走ることからはじめて、今は冷凍機を積めるようになった。品質を保証できるので、クール宅急便のシェアは独占状態である。こうして試行錯誤を重ねながら技術革新を図ってきた。 経営は攻めである。守りは通用しない。しかし量的な拡大だけが攻めではなく、常に新しい分野を開拓することも攻めの経営である。 リストラは縮小均衡を得るための緊急避難で、縮小しっぱなしでは攻めではない。オイルショックの時に経験したが、サー観がなければ、経営は足元から崩れるものである。

●新展開と経営課題
経営課題として、いくつか指摘されていることがある。 まず、今後の経営の柱をどうするか。たとえば引っ越し市場では300億円の売り上げがある。引っ越しを生活の拠点を動かすことと捉えたら、中身は3つに分類できる。日常(食器、洋服)と収納(タンス、棚)とそのものを使うもの(テレビやソファー)。できるかぎり簡略な移動方法の開発と、いらないものを捨てることまでも手伝う。このマーケットは大きいと思ったが、まだ解明しきれていないことも多いのも事実だ。 一方、ネットワークを使った物品販売(トイレットペーパーや水など重くてかさばるもの、本の宅配等)は得意な分野となっているし、通信販売のコレクトサービスで手数料を稼ぐ子会社も売り上げを伸ばしている。 郵便法の縛りから、今のところ親書は扱わないが、第3種郵便に代わるものとして、クロネコメール便が100億円を売り上げている。 ネットワークをつくった者が勝つと信じているので、郵便事業の民営化は恐れていない。郵便局にとっては民営化したらメリットのほうが多いのではないか。膨大な数の郵便局はコミュニティのネットワークである。簡単にはいかないだろうが、民営化すればサービスはよくなると思う。ドイツは民営化によって仕事の範囲が広がっているらしい。 次に人件費をいかに抑えるか。売り上げに対して60%を目標に、人件費率が上がらないようにしている。そのために7万4000人の従業員の構成を考えている。たとえば表を正社員に、裏方はパートに切り替え、ドライバーの長時間労働を抑えている。 また、女子社員は勤続年数が短いため、コストセーブにつながる。そこで目安として女子社員の比率を30%に置いている。理想としては女子社員比率50%だが、現在は26%である。しかし、同業他社の女子社員の比率は5%程度で、窓口も男性が占める職場と比べれば高い比率だと思う。 外部不経済の問題については、アイドリングストップ運動を徹底しているが、そもそも物流の基本原則はユニットロードシステムのコンテナリゼーションが理想と考えている。一貫協同輸送によりコストは下がり、公害も減ると思うが、輸送機関相互の協力が得られない。海運、航空、鉄道の各局もばらばらで動いている。これにインセンティブを与えるのが運輸省の役目ではないか。 以上は3年半前まで経営に関わっていた当時の話で、今は障害者のノーマライゼーションのための仕事をしている。障害者の方々が収入を得て自立できるようにするため、全国5000カ所の共同作業所を対象に2泊3日の経営セミナーを実施している。その費用はヤマト福祉財団が負担している。 あと5年くらいはこの活動を一生懸命やってみたいと思っている。





経営情報スクール イノベーション企業戦略コース 一橋大学経営フォーラム

テーマ/「ヤマト運輸の企業戦略と経営理念」
講師/小倉 昌男(財団法人ヤマト福祉財団理事長)
アドバイザー/米倉 誠一郎(一橋大学イノベーション研究センター長・教授)
日時/1998年12月4日
会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階)



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