■脳の働きとヴァーチャルリアリティ

養老 孟司(北里大学一般教育総合センター教授)
養老


なぜ人は都市を造るのか。脳の研究の第一人者である養老孟司氏は、大人は自分の思ったようになるおとぎ話をつくりたいのだ、と考える。動機は「欲」である。自然を思うようにしよう、そうならないものは排除しようと”脳が”思っているのである。
脳は考えたものを造る。言葉をつくると世界が細分化され、意識的な行為となる。しかし、意識が作り出したものには限界がある。養老氏は、仮想体感を次のように捉えている。



●入力と出力
五感という入力を通して、運動という出力を持つのが脳の働きである。仮想体感を、五感を脳に人工的に入力することによって、それに従った脳の出力と考えることが出来る。
しかし、脳のそうした働きを仮想体感と呼ぶにしても、最近始まったことではないと考えている。アランという哲学者が、こんなたとえをしている。
赤ん坊がお腹が空いた、おむつが気持ち悪いと泣く。泣き続けていると、世話をする人によってそれが満たされる。人間はこのことを記憶していて、子供時代におとぎ話を読みながら、望むことを実現していくことを追体験する。そして大人になって、都市空間の中にそれを作り出していく。人間が頭で考えたものが都市である。設計者やデザイナーの頭の中で意図しなかった物はあってはならないことになっている。例えば、死体や裸体。都市社会は自然状態であってはならないものなのだ。このように、予測したことしか起こらない安全な都市生活というのは、すでに入力を制限したヴァーチャルな状態にある。



●リアリティ(現実感)とはどういうことか
では、リアリティをどうとらえるか。脳は五感による刺激を受けたとき、入ってくるものを現実と見る。抹消で行っていることを現実と捉えるのである。
一方、出力に影響を与えるものを現実と呼ぶ場合、真善美という抽象概念が人間の行動に影響する。つまり個人の美的感覚を現実感ということができる。
 このように頭の中の回路で行われているということを、主観的に見れば好き嫌いという意識、客観的に見れば「情報の重みづけ」と考える。脳の働きを、y=ax(y:出力、x:入力、a:定数)という方程式でなぞらえれば、aという定数は個人によって異なる「情報の重みづけ」で、非常に重要な要素である。
そう考えると、社会の機能とは情報の重み付けの調整と言うことが出来る。主観(真善美)の違いが争いの種となるわけである。



●都市と自然(意識と無意識)
さて、意識によってつくられたものでないのが「自然」である。意識はそれだけで完全ではなく、無意識の領域は自然に属する。無意識がやっていることに、意識的な答えを要求しようとするのが都会人で、仕方がない、と考えるのが田舎の人。
ヴァーチャルリアリティを技術が発展した都市の延長と捉えると、意識が把握できないものはそこに置かないのが都市生活。例えば、生老病死は予定がきかない。つまり、意識の外のことなので都市生活においては「問題」となるのである。
今後の自然科学は、19世紀から20世紀の物質エネルギー系から、遺伝子・脳といった情報系に傾注していくであろう。




第20期 情報デザインスクール

テーマ/脳の仮想体感
講師/養老 孟司(北里大学一般教育総合センター教授)
   石井 威望(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授)
日時/1998年8月31日
会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階)

養老 孟司 講義目録
■第26期 '00.5.31
 21世紀の人間・哲学・都市
■第20期 '98.8.31
 脳の仮想体感

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