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■日本の金融ビッグバンを検証する 〜金融改革と社会改革〜 竹中 平蔵(慶応義塾大学 総合政策学部教授) |
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「20年前、私が米国に留学し銀行口座を開いたとき、当座預金にも数%の金利がつくことを知って仰天した。しかし、40年たった現在でも、日本の小学校の教科書には当座預金には金利がつかないと書かれている。この例でもわかるように、金融についての日本人の常識は最初から疑ってかかるべきである」と、国内外の経済・金融に精通する竹中平蔵氏は語る。
●金融改革挫折の歴史 1980年前半に日本は地道な金融改革に着手し、85年が「金融改革元年」になるはずだった。しかし、80年代後半にこの金融改革は挫折した。バブル経済によって日本の金融機関は強いという錯覚を持ってしまったからだ。 バブル経済の遠因には日米貿易不均衡がある。米国は貿易不均衡を改善するために日本に内需拡大を迫ったが、財政赤字で財政政策がとれなかった日本政府は超低金利政策をとった。その結果、日本の金融機関は安いコストで資金を調達して世界に投資した。それが円高と相まって膨大な利益をもたらした。反面、金融改革は進まず、バブル崩壊と共に日本の金融機関の脆さと遅れが世界に露呈したのである。 ●ビッグバンは何をもたらすか 金融ビッグバンは、銀行、証券、保険の垣根をなくし、新しいプレーヤーを受け入れる市場を構築することにある。「ウィンブルドン現象」という言葉が使われるが、ウィンブルドンが面白いのは、世界から優れたプレーヤーが集まってくるからであり、それをこれから日本はやらなければならない。 高度成長期の日本の金融の最大目的は、企業に対して安定的に設備投資資金を供給することであった。しかし、今後はそれに加えて、1200兆円といわれる個人資産の運用効率を高めることである。1200兆円の運用利回りが1%上がれば12兆円資産が増える。この数字は消費税の総額を上回る。資産の運用効率を上げることはマクロ経済に非常に大きな利益をもたらすのだ。 ●日本人に馴染むか 金融ビッグバンには、「日本人は保守的だから資金の流れは変わらない」という否定的意見と「日本人のキャンブル好きをみても日本人の金融感覚は大きく変わるはずだ」という両論がある。どちらが正しいかは正直いって私にもわからない。日本人にとって、資産運用の選択肢が与えられたのはこれが初めての経験だからだ。 従来の資金の流れは、家計(個人)から銀行を経由して企業へという間接金融と、家計から社債や国債、株式といった形で国や企業に流れる直接金融という2通りの流れしかなかった。ローリスク・ローリターンの間接金融とハイリスク・ハイリターンの直接金融という両極端な選択肢しかなく、個人の選択の余地は極めて限られていた。しかし、ビッグバンによって、ミディアムリスク・ミディアムリターンという性格を持ったさまざまな金融商品が出てくる。もちろん企業の資金調達市場も広がる。 金融ビッグバンが我々にもたらすのはより多くの選択肢である。 ●不良債権をどうするか 金融ビッグバンを進める上で大きな障害になっているのが不良債権問題である。 不良債権処理に政府は30兆円の公的資金を投入することを決めた。政府が銀行に出資することは経済学的には誤りである。なぜなら間接金融は衰退産業であり、これに公的資金を注入することは税金の無駄遣いという批判を免れないし、直接金融という成長産業のチャンスを減らすことにも繋がる。 また、金融ビッグバンは「政府のギブアップ」宣言に等しい。にも関わらず、それと逆行する政策(公的資金の投入)をとらざるを得なかったことに政策的矛盾がある。 ●金融改革は社会改革を伴う 日本の政策は今まですべてソフトランディングを重視した。たとえば、大型店舗の出店を規制してきた大店法を緩和する過程では、既存商店街に手厚い保護政策をとった。こうした政策や大きな政府をつくり出したのは、皮肉にも大マスコミであり、野党である。彼らは何かことが起こる度に「政府は何をやっているのか」という政府批判を繰り返したため、規制や保護政策が増大し、大きな政府を育ててしまった。 しかし、金融ビッグバンは「政府のギブアップ」宣言であり、自己責任の社会を目指すことを意味する。しかし、日本に自己責任を問うだけのインフラがない点が問題だ。自己責任の社会を目指すなら、正しい判断をするだけの情報開示が不可欠だ。 また、個々が自己責任を貫けば利害対立が起こり、調整が必要となる。しかし、利害の調整機関である司法改革は進んでいない。司法試験の合格者は米国では年間5万人前後。日本は1000人余りである。 情報開示や司法改革などの社会改革が伴わない限り、ビッグバンの行方は険しい。 ●銀行は特別な存在か 公的資金を投入することで、「なぜ銀行ばかりが救済されるのか、銀行は特別な存在なのか」という声が挙がった。資本主義のダイナミズムは企業の革新にある。金融はそれを支援し、最終的なリスクを引き受ける機関という一点に置いて特別な存在である。 過去、日本でも、霞が関に逆らってでも社会・経済革新に繋がる事業に融資を実行した「ビジョンを持ったバンカー」が存在した。今、この国が必要とするのはそうした金融人である。 30兆円の公的資金の投入に対して賛否両論が挙がっているが、30兆円の中身を分けて議論しなければ道を誤る。30兆円のうち17兆円は預金者の預金保護に使われる。これは決済システムを守る意味で不可欠である。13兆円は金融機関の資本を増強するために使われる。これは前述のように経済的には明らかに誤りである。 米国でも不良債権処理のために多額な公的資金を投入したが、日本のやり方とは2つの違いがある。第1は、最終的に必要な金額を情報開示したこと。第2は責任を明確にしたことだ。米国では金融機関を中心に約3500人が実刑に服し、金融の監督機関は責任を問われて全廃された。 日本の政府も公的資金を投入する以上、この2点を実行するとともに、早急に不良債権処理のスキームを明らかにし、歪んだ税制を正すマクロ政策を打ち、日本経済の中期的なビジョンを示すことが不可欠である。 第20期 経営デザインスクール
テーマ/日本のビッグバン |
| 竹中 平蔵 講義目録 |
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■第25期 '01.1.10 3つのリスクと1つの可能性 |
| ■第24期 アカデミーヒルズインタビュー |
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■第23期 '98.6.22 痛みを恐れず金融正常化に舵を切れ |
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■第20期 '00.2.3 日本の金融ビッグバンを検証する |
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