メディア社会における「知」
〜時代の求める4つの能力 〜

高橋潤二郎(慶応義塾大学理事)


時代が求める「知」とは何か、「教育」はどうあるべきか……。情報の概念が新しい世界観を創りつつある。そうしたメディア社会において、高橋潤二郎はワークステーシ ョンの向こう側に広がるミラーワールドと、現実世界のリアルワールドを自由に行き来 する人間が求められ、そのために4つの能力が求められるだろうと語る。


「知」を構成する4つの領域
「知」とは何か……。ギリシア時代の哲学者、アリストテレスは、知の領域をテオリア(理論)、ポイエシス(技術)、プラクシス(実践)に分類した。これらは、それぞれ理学、工学、慮学とも言い換えることができる。この3つの学問領域に加え、私はもうひとつ「定学」(じょうがく)を加え、「知の四角形」と表現している。「定学」は一定のイメージを描く能力を指す。仏教における曼陀羅が時空間を超えて世界を表現しているように、瞬時にして全体を把握する能力である。現代の教育が理学と工学ばかりを偏重し、定学を切り離してしまったことに知の歪みがあるのではないか 。
21世紀は人間理解の学問の時代になるといわれている。人間を基本のとする学問を進める時、定学は欠かせないものだ。西欧と比べ、日本人は定学の世界を無意識のうちに理解し、受け入れる資質がある。これは大きな日本人の強みといえよう。


情報概念が 新しい世界観を生む
時代の流れを振り替えると、18世紀に発見された物質概念が19世紀に唯物論を核 にした世界観を生み出し、中世と決別した。19世紀にはエネルギー概念が生まれ、それを基に20世紀の宇宙観、世界観が創られた。20世紀には情報の概念が生まれた。 今度は情報の概念によって21世紀の世界観を生み出すはずである。
21世紀には、新しいメディアをベースにした「知」が生まれるだろう。デジタルデ ータを基本にしたインターラクティブ(双方向)、マルチメディア(活字、映像、音像 )、オンデマンド(即応的)といった特徴を持つメディア時代には、それに見合った新しい「知」が求められる。

「知」を取り扱う4つの能力
メディア時代には「知」を取り扱う能力が大きく変わってくる。 第1はリテラシー(識字能力)の拡張。文章だけでなく、映像や音像を含めて、その言わんとするところを解釈し、表現する能力が求められる。しかもデジタルデータに転 換できる形でそれらができなければならない。そのための機械操作能力も必要になる。
第2はリトリーバル(検索能力)とコンパイレーション(編纂能力)。ワークステーションの向こうにある情報を検索し、ある方向性をもって編纂して自分流のデータベースを創造する能力が不可欠になる。
第3はプレゼンテーションとレゾナンス(共振)能力。自分の考えなり意見をマルチメディアを使って世界に発信し、多くの人々を共振させる能力である。メディア社会においては、論理や体験的妥当性で人を説得するプリントメディア時代と異なり、共有する架空の場に参加している人々の心を共振させることによって、人を動かすことができ る世界になろう。
第4はメディア社会の速度感にあったコミュニケーションとコラボレーション能力である。 こうした4つの能力を養成することが、これからの大学の大きな使命のひとつであり 、企業にとっては、こうした能力を持った人間がどれくらいいるかが実力を図る物差しとなろう。情報ネットワークの基盤整備競争はすでに終焉を迎え、これからはそれを前提に世界に通用するコンテンツを創りだす競争が始まっている。


第18期 経営デザインスクール 第6回講義

テーマ/メディア社会における「知」
講師/高橋潤二郎(慶応義塾大学理事)
   妹尾堅一郎(産能大学経営情報学部助教授)

日時/1997年7月11日
会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階)