米国における教育機関の設立
〜慶應ニューヨーク学院の事例 〜

二瓶恭光(慶應義塾大学産業研究所教授)

1990年9月。ニューヨーク市郊外に、慶應ニューヨーク学院という日系のハイスクールが開校した。当該地は、米国内における古い文化セクターとして知られるニューイングランド地方である。
日系ハイスクールの海外進出の例は、既に英仏や米国内に数校見られるが、海外で新規 事業を立ち上げる場合、プランを具体化していくプロセスにはその都度新しさがあり、 大事なのはいかに実現させていくか、であるという。 現在慶應義塾大学産業研究所教授で、もともと労使関係の研究を専門とする二瓶恭光 氏は、慶應ニューヨーク学院の開校にあたって実務責任者として設立・運営に携わって 来られた。その経験は、マネジメントに対する考え方のギャップにだけでなく、文化背 景やコミュニティへの係わりに視点を向けることの大切さを示唆する。

準備から手続きにあたって〜具体化の流れ
新しい事業組織の設立には、充分な準備手続きと時間が必要である。慶応義塾がニュ ーヨーク開校を決断したのは1987年。開校にいたるまでにいくつものステップがあ ったが、現地での調整・許可と建設がそれぞれ1年で完了したのは異例の早さと言われている。
まず始めに、海外進出にあたりどんな学校をつくることに意義があるのかについて、慶應の中学から大学までの教員による8ヶ月に及ぶ議論が行われた。組織内での主体的 な基本コンセプトづくりである。次に国内の手続き問題。文部省の在外教育施設として の認可を受けるのに、4年制という学年の設定について前例がないということやカリキ ュラムの調整のため、役所に対する説明と交渉が繰り返し行われた。 そして現地の情報収集とアセスメント。最終的には町の許可が必要となるため、地域住民に対する公聴会を何度も開催し、環境アセス、コミュニティへのインパクト、財政 面にいたるまで様々な角度からプロポーザルを吟味した。結果、オリジナルプランの修正は余儀なくされたが、交流のプロセスがうまくいったことから、制約条件は最小限に抑さえられた。
また校舎の建設にあたっては、現地の事情に精通する日本のゼネコンが現地の組合との交渉にあたるなどの一連のコーディネイトにより、限られた工期での完成をみることができた。
最大の課題は新しい組織における人事管理。教職員の役割に対する考え方の違いから生まれる問題は、今後もトライ&エラーで時間をかけて解決していく。

どう実現させていくか?〜価値観のギャップを越えるために
さて、日本国内において「常識」という言葉を使うとき、我々は一般的な共通理解を思い浮かべるが、実は常識には例外もたくさんある。つまり、海外の現地における常識にはどういう例外があるのかまで理解しないと、常識を使えるレベルに至らないのである。
その前提において、現地での摩擦を産まないだけでなく事業として成功させていくには、例えば、責任者がどれだけ現地にコミットしているか(コミュニティへの滞在年数 が実は重要)、現地のキーパーソンを見つけたうえどういういい関係がつくれるかが欧 米では重要な意味を持つ。そして、コミュニティとの融合・貢献に対する考え方や生活 文化・宗教観にいたる様々な領域で、日本人とは基本的な価値観の違いがあることを強く認識しておく必要がある。日本企業の米国における責任者が問題の重要性を認識でき なかったことが原因で裁判になったりするケースは多い。 慶應ニューヨーク学院では、バイリンガル、バイカルチャラル教育をうたっている。 言葉を理解し考えることから、さらに地域的な文化の多様性の理解につなげたい。この 教育コンセプトがひとつのプロトタイプとして意義のある取り組みになるだろうと考えている。
新しい組織が軌道に乗るには10年ぐらいのスパンでものを考えないとうまくいかな い。教育機関の設立は純粋にビジネスとしてとらえられない部分もあるが、海外における事業のマネジメントという観点において、この事例から多くの共通の課題が見いだされる。


第17期 経営デザインスクール マネジメント研究科 第2回講義

テーマ/「米国における新規事業の立ち上げ」
講師/二瓶恭光(慶應義塾大学産業研究所教授)

日時/1996年11月15日
会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階)

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