|
ランドスケープデザインの役割 上山良子(長岡造形大学教授・ランドスケープアーキテクト) |
|
|
|
人間が空間を感じる時、「空間の経験」つまり文化背景の違いによって感じ方は異なるという。しかし、ある風景を目の前にした時、それぞれの背景に関係なく圧倒されることがある。これを「トポフィリア(場所への愛)」と呼び、人は同じ原風景を持つと言った地理学者がいる。 日本においては、ようやくその役割が認知されつつあるランドスケープアーキテクト。長岡造形大学教授である上山良子氏は、アメリカで長い期間に渡りランドスケープの研究を重ね、帰国後も様々な国内外のプロジェクトに携わって来た。その上山氏がアメリカでデスバレーの風景に出会ったとき、風景の原点を感じたという。翻って先の地理 学者イーフー・トンの言ったトポフィリアを、氏はランドスケープを考えるには不可欠な視点だと考えている。 ランドスケープとは? 1970年代、ミュージアムでは狭すぎると考えるアーティスト達が、自分と宇宙との関わりを大地そのものに表現する手法として、ランドアートが盛んになった。スミス ソンのスパイラルやクリストの大地を布で覆うアートが有名である。これらのアートとランドスケープとは何が違うのか? ランドスケープでは、アートとして表現するだけでなく、その場に立ったときに人々が自らの関わりを感じることの出来る「快適性」があるものを造るというのが大きな違いである。ランドスケープとは、日本語で言う狭義の造園とは少し意味を異にする。その土地の資源や記憶と言った最も高次元の情報を評価し、社会のために設計/計画する仕事と定義づけられている。「場」を読み、「時代」を読んだうえ、「人」を読む。つまりどういう人達がどういうふうに使っていくのかを考えていく。まさにまちづくりには欠かせない領域なのである。欧米では街づくりのプロジェクトに際して、建築、ランドスケー プ、土木の3つ分野のコラボレーションは当たり前となっている。 土地の記憶〜時間のレイヤー フォリー(何か面白いもの)を使って、都市の空隙を活かしていくイギリスの風景式庭園に影響を受け、その土地にしかできないものを形にしたフランス式庭園はその時代を表してきた。19世紀のイギリス郊外の風土建築や、アメリカおけるにパークシステ ムという考え方もランドスケープの領域である。また、世界各地には様々な遺跡がある。何がそこを名勝にしたのか?それには場を読む、つまりその土地にしかないものをコンセプトとテーマにし、時間の経過と共に美しさを重ねることが空間のクオリティにつながっているのである。スケールの大小や都市であるか田舎であるかは問題ではない。 昨今では、その土地の記憶を平和のモニュメントとして公園として表すこともだが、歴史経過のマイナス面を敢て場の形として残していくエコロジカルミュージアムとしての試みも見られる。 一方、インフラスケープ/テクノスケープという考え方がある。デザインされた訳ではなく、機能、技術そのものの美しさが風景となる例は世界にいくつかある(ロケット発射場、風車群等)が、機能と併せてランドスケープデザインを施した例としては、国内ではお台場の海底トンネルの排気筒などがある。 運営サイドの関わりの重要性 さて、ランドスケープデザインがその役割をまっとうするには、形にしていくプロデューサーの強い意思と具現化した後のメンテナンスの重要性、継続したメンテナンスのためのコスト換算など、つまり時間が経っても変わらずコンセプトを大事し続けることができるかどうかが、運営サイドの大きな課題となる。そして、戦場において見事な陣形を取るなど、日本人はもともと場を読みデザインする力を持っていた。もう一度、ひとりひとりが場を読むという行為を意識してみて欲しい 。 第17期 環境デザインスクール 第5回講義 テーマ/「都市のランドスケープ」 講師/上山良子(長岡造形大学教授・ランドスケープアーキテクト) 日時/1997年1月29日 会場/アカデミーヒルズ(アーク森ビル36階) |