| 特別講演 21世紀に向かう環境デザイン 都市計画のフィールドは自治体に アーク都市塾・環境デザインスクール 伊藤 滋 慶応義塾大学 大学院教授 |
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●都市計画、変革の裏側 21世紀の環境デザインを考える時、地方分権の潮流を忘れてはならない。 「地方は3割自治」という言葉が示すように、財政面でも法律の権限においても地方自治の7割を国が支配しており、県知事は中央政府の「機関委任事務」を実行する下請け的存在だった。しかし、。今後は機関委任事務が廃止され、地方自治体は「自治事務」と「法廷受託事務」を実施する機関となる。自治事務はその言葉通り、地方自治体が自らのやり方で実行できるものであり、法廷受託事務は契約に基づいて国から自治体が受託する仕事。その立場はあくまでも対等である。 21世紀には少なくとも「5割自治」になり、法律上の権限は6割ぐらいを地方自治体が掌握するものと思われる。ちなみに都市計画は自治事務の範疇に入り、21世紀の都市計画のフィールドは地方自治体に移ることになる。 ●都市間格差は拡大へ しかし、現実的に、どのくらいの自治体が都市計画を実行する知識と人材をそなえているかといえば、かなり危ういものがあることは否めない。人口100万人以上の政令指定都市はともかく、「国は県に対して後見的役割をしない、県は市町村に対して、後見的な役割はしない」という方針に対して、途方にくれている自治体は数多い。地方自治体の下請け意識が抜けるまでは、都市計画はいったん後退する可能性がある。 ある法律学者が「これからは自己決定権と多様性の時代」と表現したが、まさにその通りで、今度は自己決定していける自治体とそうでない自治体の優劣、都市間格差が広がるだろう。反面、都市計画関係の仕事をしている諸君にとっては、地方自治体へのアイディアを提言するチャンスでもある。 ●技術的領域でも変革が不可欠 都市計画は技術的領域でも大きく変わらなければならない時代を迎えている。容積率ひとつをとってみても、「発生交通量」に照らし合わせて許可しないといったことが頻繁に起こっていた。本当に発生交通量で容積率を決めることが正しいのだろうか。もっと大事なことを忘れてはいないだろうか。だいたい容積率や用途地域そのものの根拠さえもあやしいものだ。従来の流れを守る都市計画だけでなく、新しい要素を入れて検討すべき時だと私は考える。 たとえば地球環境問題や高齢化社会の福祉に関しても、都市計画や建築基準法の面から打開策は出てくるはずだ。・・・・・ビルの地下に氷蓄熱を設定することによって、省エネを進める。都市の真ん中に発電施設を造ってエネルギーロスを減らすとともに災害に備える。特別養護老人施設を街の中に造り、高齢者に刺激のある生活環境を提供する・・・・・・等々。 いずれも自治体が知恵と勇気をもって独自の都市計画を実行すれば打開できる時代なのだ。 ●東京の地盤沈下を阻止するために 以下は国内の問題だが、国際的に見ると、欧米による情報の独占化が進み、東京のビジネスセンターとしての役割が低下している。こうした中で、東京の地盤沈下を防ぐには、従来の都市計画や建築基準法、開発規制などに縛られていてはだめである。東京が国際都市としての役割を果たし、外資系企業や次世代を担う先端企業を引き止めるには、従来の枠を超えた都市計画が必要であり、東京に関してはすべてを白紙に戻すくらいの大胆な発想が必要である。 まら、環境を守るという意味では、生活がウォーキングディスタンスで完結するようなコンパクトシティが望ましい。たとえばパリがその典型である。それに比較して郊外に建設されたニュータウンの暮らしはエネルギーロスが多い。土地の本来持っている生産力を潰してまで、エネルギーロールの多い都市を創ることはない。 日本もまた同じ過ちを繰り返してきた。しかし、日本の風土は容易に物が腐り、土に戻る。これを逆手にとって固定的な土地利用から復元を想定した土地利用へと、発想転換することも考えられよう。 ●アジア的都市の新しい可能性 高層住宅は子供の教育に悪いといわれている。確かにそういした一面もあろう。しかし、一方で香港やシンガポールなどアジアの諸都市では必然的な形で高層化が進んでいる。単に、高層住宅の欠点をあげつらうのではなく、どういう人々が、どんなライフステージで高層住宅に住めばいいのかを把握する必要がある。欧米とは違う背景や文化を持ったアジアは、アジアなりの都市計画があってもいいのではないか。 新しい都市計画をチャレンジャブルに考え、自由な発想で意見をかわしていく必要を痛感している。 |
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