「カジュアルな都市計画」と
   「まなじりを決した都市計画」

21世紀の環境デザイン番外編

伊藤 滋  慶応義塾大学 大学院教授


伊藤 滋
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21世紀環境デザインの方向性を示した伊藤滋塾長に、素朴な質問をぶつけた。地方自治体をフィールドとした市民参加の都市計画を展開する際に、どんな問題が起こってくるのか。また、地方自治体が市民参加で進める都市計画と広域的都市骨格づくりという2つの要素をどう実現していくのか。・・・・こうした疑問に対し、塾長は、教科書のない21世紀型都市計画の世界を歩む道しるべを示した。


---- 地方自治体の能力や実績、住民の既得権意識の強さを考えると、市民参加型の都市計画では、議論百出で何も進まないのではないかという心配があります。

伊藤---- 市民参加の都市計画が根付くには時間がかかるし、地方自治体の能力や意識の違いによる格差も開く。都市計画はまさに辛抱の時期。
市民参加型の都市計画を進めていく上で前提になるのは、まず、圧倒的多数の意見を尊重するという多数決原則だ。欧米では当たり前のことだけれど、日本では今まで少数派対策にばかり手間をかけて、全員賛成でないと何事も進まない状態だった。これは圧倒的多数派の意見を軽視しているという意味で、真の市民参加とはいえないのですよ。賛成派と反対派が徹底的に議論した後、多数派をとって、だいたい95%くらいの人が賛成(反対)したら、全員がその結果に従う。市民ひとりひとりはもちろん、それに地方自治体やマスコミにも意識改革が不可欠だね。

---- また、主人公の市民に街の未来や全体を見据えた判断ができるのか、という疑問もあります。

伊藤---- そのために、知識もあり、人間通の専門家が必要になるわけだよ。市民のもやもやした思いを吸い上げて整理し、きちんを位置付けできる専門家が・・・・。筋道をたてて説明し、模型を造って一緒に考えていく、そうした方法論も必要になる。

---- ここにある模型を使った環境シミュレーション・システムもそのひとつの装置ですね。

伊藤---- そう、わかりやすいでしょ、誰もが感覚的に理解できるから。
私は「生活都市計画」という表現をしているのだけれど、住民の日常感覚の中から生まれてくる都市計画がこれからはとても大切なんだ。「そもそも、都市計画とは」なんて心の琴線に響いてこない。日常の暮らしがどうよくなるかをわかりやすく話せる専門家でなければお呼びじゃない。
市民も都市計画なんて堅く構えないで。「駅前の歩道が自転車で溢れていて安全に歩けない、車椅子も使えない、さあ、困った」っていうようなところから、自分の街のことを考えればいい。それを自治体にぶつけて何もやらなかったら、「だめじゃないか」と突き上げる。場合によっては首長を代える、または他の街に引っ越してしまう、そこまでいったとき市民の中に都市計画が根付く。

---- 現在の容積率論議のように、何が何でも高い建物には反対という住民の意見が出たら、それに従うのですか。

伊藤---- 「高い建物は建てさせない」とその街の圧倒的多数が考えるのなら従わざるを得ないね。ただ、そうした街にはディベロッパーも自ずと投資しなくなる。そうした結果を住民自らが自己責任として受けとめて初めて次のレベルの問題意識が生まれてくるはず。市民参加の都市計画には時間がかかるのです。
また、(地方分権の時代には)容積率を国家的見地から云々すること自体がナンセンス。地方自治体がきめればいいのです。ただ、広域的な都市基盤整備はまた別のレベルの問題だよ。都市基盤の欠如で、間接コスト(輸送コスト等)がものの価格にオンされて、国際的競争力を失うようになってしまってはいけないから、基本的な都市の骨格は、国や都道府県レベルできちんと造っておかなければならない。これは、今まで話した地方自治体の市民参加型都市計画とは異なり、「まなじりを決して」行うべき都市計画だ。

---- 都市計画には2つのレベルがある?

伊藤---- ええ。市民参加で紆余曲折しながら進んでいくカジュアルな都市計画と、国や都道府県レベルが行うべき分野と・・・・・。後者は反対があっても勇猛果敢に実行しなければならない「まなじりを決した」都市計画なのです。市町村と都道府県では都市計画の行動様式は明らかに違う。これを混同してはいけない。都市骨格を造る広域的都市計画がきちんとして初めて、多様性をもったカジュアル都市計画を許容する基盤ができる。どちらが欠けてもいけないのです。
これからは、市民参加のカジュアルな都市計画と、まなじりを決した都市計画の両方を使い分け、市民を説得できるような専門家が必要になる。言い換えれば、柔軟性と芯の強さを持った専門家が欲しい。
日本の都市ほど多様性を持った都市はない。いろいろ言われているけれど、日本人は「ケ・セラ・セラ、なるに任せてやってしまう」的な感覚で、画一性のもたらす都市計画的欠点からうまく逃れてきた。こうした柔軟性をうまく残しながら、21世紀の環境デザインを考えていく時、ヨーロッパの真似ではない、日本型、アジア型の都市計画が生まれてくるんじゃないかな。


伊藤 滋 講義目録
■第25期 2000.11.25
 都市計画がすべきこと
■第24期 '00.4.19
 東京からみた阪神大震災
■第23期 '99.10.13
 都市計画制度が変わる
■第22期 '99.4.21
 21世紀の社会と都市像
■第21期 '98.11.18
 都市計画大革命
■第20期 '98.9.2
 岐路に立つ都市計画
■第20期 '98.4.23
 艶やかな都市計画を目指して
■第19期 '98.2.25
 21世紀に向けた東京のグランドデザイン
■第19期 '97.11.5
 都市計画の本質
 〜誰のための都市計画か〜
■第18期 '97.8.27
 おまわりさんと都市計画
■第18期 '97.4.23
 東京のグランドデザイン
■第17期 アカデミーヒルズインタビュー